全員背番号「3」 長嶋茂雄さん追悼試合 豪華な顔ぶれのOBも集結 巨人は躍動できず2安打で零敗

[ 2025年8月17日 05:29 ]

長嶋茂雄さん追悼試合 セ・リーグ   巨人0―3阪神 ( 2025年8月16日    東京D )

黙とうする巨人ナイン
Photo By 代表撮影

 巨人は16日、6月3日に89歳で死去した終身名誉監督の長嶋茂雄さんの追悼試合として、東京ドームで阪神戦を行った。チーム全体で長嶋さんの永久欠番となっている背番号3のユニホームを着用。始球式は愛弟子の松井秀喜氏(51)が務め、打席にはソフトバンク球団会長の王貞治氏(85)と前監督の原辰徳氏(67)が立った。豪華OBが多数集結したが、試合はわずか2安打に終わり0―3で敗れた。

 ずらっと並んだ背番号3のユニホーム。背中に名前がないから誰だか分からない。巨人の監督、コーチ、選手全員が栄光の背番号で臨んだ長嶋茂雄さんの追悼試合。スタンドのファンは3の躍動を期待した。

 始球式も豪華だった。松井秀喜さんが投げ、阿部慎之助監督が受ける。左右の打席には王貞治元監督と原辰徳前監督。球審は高橋由伸元監督が務めた。偉大な球界の功労者を送るにふさわしい豪華な顔ぶれである。

 ところが、いざプレーボールがかかると、目立ったのは阪神の選手ばかり。初回森下の17号2ランで先制され、3回には大山の右中間適時二塁打で3点目を奪われた。この試合唯一、背番号3の選手が放った適時打だった。

 前日は4点差をひっくり返した巨人打線もこの日は、村上の前にわずか2安打。中盤は阪神の拙攻に恵まれながら、流れを変えることはできず、零敗を喫した。

 試合中は騒げなかった巨人ファンが再び沸いたのは試合後のセレモニーだった。OB、選手と球団関係者225人でつくった「3」の人文字。エースのジョーがいる。悪太郎、昭和の怪物に平成の大エース…。野手も凄いぞ。絶好調男に若大将、ゴジラ、ウルフ…。大型ビジョンにリストが掲示されるたびにスタンドがどよめいた。

 長嶋さんとV9の栄光を共にし、あるいは長嶋監督の指導を受けたスーパースターたち。これだけのOBを集めた球団には敬意を表したい。

 だが、試合前後のセレモニーと、試合内容のギャップにはいささか閉口した。レギュラーシーズンの真っ最中。首位を独走する阪神が相手だから、予想できたことだが、せめて意地くらいは見せてほしかった。

 今から51年前の1974年10月14日、記者は後楽園球場にいた。中日とのダブルヘッダー。浪人生だった私は御茶ノ水にある予備校の冬期講習申し込みの列に並んでいたが、たまらず水道橋に走った。冬期講習より長嶋さんの引退試合を取ったのだ。

 2試合で250円の外野自由席券を買い、レフトスタンドへ。背番号3の最後のホームランボールを捕りたかった。到着したのは第1試合、長嶋さんが通算444号を放った直後だった。

 最後のホームランには間に合わなかったが、第1試合終了後、ハプニング的に行われた長嶋さんのフェンス沿い一周。目の前で足を止め、白いタオルで顔を拭うヒーローに号泣した。さらに試合後、「我が巨人軍は永久に不滅です」にダメを押された。

 そんな経験があったから、淡い期待をしてしまっていたのかもしれない。でもよく考えてみれば、長嶋さんは唯一無二のスーパーヒーロー。背番号3をつけたからといって、パフォーマンスが変わるわけがない。

 孤独を受け入れ、プレッシャーを楽しんだ長嶋さん。ファンを愛し、ファンから愛された。今の選手にはそこのところを分かってほしい。(特別編集委員・永瀬 郷太郎)

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