森氏 追いつめられ観念、会見での態度に非難殺到「老害」印象加速

[ 2021年2月12日 05:30 ]

東京五輪・パラリンピック組織委員会 森喜朗会長辞任 後任に川淵三郎氏決定的

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長
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 JOC評議員会での発言から辞意判明まで約1週間。森会長と周囲の対応はいかにも遅かったように見える。だが、本人は地位に固執していたわけではない。批判が噴出した4日に一度は辞任する決意を固めたものの、組織委の遠藤利明副会長や武藤敏郎事務総長らの説得で思いとどまった経緯がある。

 もっとも、その判断は完全なミスだった。謝罪会見の「邪魔だと言われれば老害が粗大ごみになったのかもしれないから、掃いてもらえればいい」と開き直ったような態度が火に油を注ぎ、国内外で辞任を要求する声が高まっただけでなく、大会ボランティアや聖火ランナー内定者に辞退者が続出。政府や組織委、JOCが辞任を求めなかったことでさらに印象は悪くなり、選手やスポンサーからも厳しく非難された。

 当初は謝罪会見で問題は終結との見解だったIOCも5日後に一転、「発言は完全に不適切」と手のひらを返し、小池百合子都知事やIOCトップスポンサーであるトヨタ自動車の豊田章男社長、最高額の五輪放映権を購入している米NBCテレビからも不快感を示され、外堀は埋められた。最終的には11日の朝に「これから皆さんに連絡します」とし、自ら自民党関係者らに電話をかけ、辞任の意向を伝えた。

 組織委が発足した14年1月に会長に就任したが、当初は「他に適任者がいる」と固辞。それでも政府やJOCからの要請を断り切れず、無報酬で大役を引き受けた。15年3月には左肺のがんを摘出する手術を受けると、万が一に備えて遠藤利明衆院議員を会長代行に据え、7年間、先頭に立って数々の問題の処理に当たった。しかし、最後は軽率な発言でIOCなど味方からの信頼を失い、「いつ辞めてもいいと思っている」と話していた会長の座を開幕5カ月前に手放す決断を強いられた。この日、森氏は周囲に「まずはご迷惑を掛けたというおわびと、後はよろしくお願いしますと言わなければならない。大事なのは五輪の成功だ」と語った。

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2021年2月12日のニュース