追悼連載~「コービー激動の41年」その8 NBAの黄金ルーキーを圧倒した伝説の1対1
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1995年の夏。NBA76ersのジョン・ルーカス監督(当時)は高校で最終学年(4年生)を迎えようとしていたコービー・ブライアントを練習に誘っている。「凄い少年がいる」という噂を耳にしていからだ。そして驚きの声をあげてしまった。「うちの連中と対等にプレーしていた。しかもあの有能な選手を1対1でこてんぱんにやっつけたんだ。凄いとしか言いようがないね」。スリムな16歳の少年にふり回されたのは、この年のドラフトで全体3番目に指名されたノース・カロライナ大出身のシューティングガード、ジェリー・スタックハウス(現在45歳=現バンダービルト大監督)。まさかそんな“完敗”を喫するとは夢にも思わなかっただろう。
スタックハウスは当時20歳のオール・アメリカ。年齢差は4歳だが知名度も実績もコービーよりはるかに上で、しかもこのシーズンに平均19・2得点を挙げることになる金の卵だ。現役時代は2012年シーズンまで続き、NBA通算970試合で平均16・9得点。しかし球宴にも2回選出されることになるその先輩を、コービーはまったく相手にしなかったのだ。
しかもこれは計画的な“犯行”だった。「多くのコーチが見ていたのでジェリー(スタックハウス)を驚かせてやろうと思ったんだ。むこうは自分が誰だか知らなかっただろうし、ノース・カロライナのディーン・スミス監督(当時)からは入学の誘いも来ていた。だからジェリーを通して自分をアピールしてみた」。この対決を見ていた当時NBA2年目のセンター、シャロン・ライトは「コービーはすでにコート上の常識をすべて持ち合わせていた。ムーブも凄かったし、シュートもジャンプもできた」と振り返っている。この時点でコービーの将来は決められていたのかもしれない。それほど鮮烈な夏休みだった。
「NBAの選手よりすぐれた高校生がフィラデルフィアにいる」。そんな評判はたちまち全米に広がった。このとき負けた相手がスタックハウスだったということは公にされなかったが、おそらくそれはスタックハウスのプライドを傷つけたくないという76ers関係者の配慮があったのだろう。コービーに正式にLETTER(勧誘書類)を送付して獲得に乗り出していた大学はノース・カロライナ以外にデューク、ミシガン、ケンタッキー、アーカンソーという強豪校。そして父ジョーの母校でもある地元フィラデルフィアのラサールもラブコールを送った。ただし「今、これだけやれるのだから、彼はNBAに行くのでは?」という見方がこのころからメディアの中に芽生え始めている。
最上級生になったコービーの身長は1インチ(2・5センチ)伸びて6フィート6インチ(198センチ)となり、体重も15ポンド(6・6キロ)増えた。心技体ともに大人に変化していくシーズン。それはコービーにとって忘れ得ぬ貴重な1年間となった。
まずACES(エーシズ=ローワー・メリオン高校の愛称)のチームメートがレベルアップしたことがコービーにとっても大きな意味を持った。2年生のガード、ダン・パングラジオは格段にシュート力が進歩してセカンド・シューターに成長。4年生のフォワード、ジャーメイン・グリフィンはインサイドでのパワープレーに磨きがかかった。だから対戦相手は前年以上にコービー1人にかまっているわけにはいかなくなった。12月末に3敗を喫したが、チームを率いていたグレグ・ダウナー監督の「みんな自分の役割を忘れている。ユニットになっていない」という説教が効を奏し、ここからなんと27連勝。バスケットボールの試合のチケットは高校チームなのにプラチナペーパーとなり、ダフ屋も殺到した。
学校には取材を依頼するメディアからの電話が矢継ぎ早にかかり「まるでロックスターと一緒に遠征に行っているようだった」と語ったダウナー監督は、ついにコービー担当の専属広報を採用。すべてが1人の高校生の周りで動き始めた。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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