薬物問題の実態…巧妙な手口に対抗“パートタイマー”の執念

[ 2016年6月20日 12:00 ]

検査キットを紹介する日本アンチ・ドーピング機構の浅川伸専務理事(左)と平井千貴シニアマネージャー

ドーピング検査員はミタ(上)

 ロシア陸上チームなど相次ぐスキャンダルで大きく注目されているドーピング問題。規制の網をかいくぐろうとする者がいれば、スポーツの高潔性を保とうと奮闘する人たちもいる。それが世界各国で働くドーピング検査員だ。最初にロシア陸上チームの疑惑を告発したのも同国検査機関のスタッフ。スポニチでは日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の浅川伸専務理事、現場で働く平井千貴シニアマネジャーに話を聞き「検査員はミタ」と題し、3回連載でドーピング検査員の実態について紹介する。

 部屋の外では警察が監視の目を光らせている。彼らの目をくらますため、明かりとテレビはつけたまま、検体を抱えてこっそりホテルの窓から抜け出した。しかし、向かった駅にも追っ手は待ち構えていた。相手は警察までも味方に付けているのか。果たして検体の行方は…。

 これは007のシナリオではない。組織的なドーピングが疑われるロシアに関する世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の報告書に記載された検査員の実体験である。

 複雑かつ巧妙化するドーピング。そのため、近年は水際作戦が重視されている。浅川専務理事いわく「ドーピングしている選手を大会に近づけないこと」。試合会場よりも自宅や練習場で行う「競技会外検査」、いわゆる抜き打ち検査である。

 選手はインターネットを通じて四半期ごとに3カ月分の居場所情報を提出。ホテルの部屋番号まで、変更があればすぐに更新が必要だ。各日とも朝5時~夜11時のうち60分間を検査対応可能な時間に指定し、この時間に検査員が出向く。

 ところが全ての検査がすんなり進むわけではない。この道10年以上の平井さんによれば、日本でも一昔前なら「うちの選手を疑っているのか!」と指導者に怒鳴られるのが日常茶飯事。来日中の外国人選手の検査に向かったところ、部屋に軟禁されて怒鳴られ続けたという話もある(こうした行為は15年の規約改定でドーピング違反となった)。選手が居場所情報を変更しなければ空振りもある。不在確認は現地で1時間待機が条件。雪降る冬の北海道は戸外で震えて待つほかない。

 現在日本には約300人の検査員がいる。多くはスポーツ医学やスポーツ関連の職業を持った“パートタイマー”だ。拘束時間にかかわらず、検査員の手当は1回1万円程度。実態を聞けば決して好待遇とはいえまい。

 選手は日中に練習や私用があるため、早朝や深夜を検査の時間に指定することが多い。朝5時と言われれば、検査員は「本業を終え、終電で移動し、ホテルで3時間ぐらい仮眠、4時すぎには当該選手の家の前にスタンバイ」というスケジュール。選手の尿が出なければ何時間でも待つ。夜遅ければ当然泊まり仕事だ。「一般企業であれば東京―小田原は新幹線でしょうが、うちは在来線」。限られた財源との兼ね合いで移動手段も制限される。検査員のボランティア精神なくしてドーピング撲滅はなし得ないのが実情だ。

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