橋口弘師有終飾る!ワンアンドで悲願ダービー制覇「悔いない」

[ 2016年2月26日 05:30 ]

愛馬のミッキーラブソングをなでる橋口弘師

 競馬界は2月が別れの季節。今月いっぱいで定年引退する橋口弘次郎(70)、松田博資(70)、武田博(70)の関西の3調教師は、今週が最後の舞台になる。ダンスインザダーク、ハーツクライ、ワンアンドオンリーなどのG1ホースを育てた橋口弘師は、阪神&小倉に管理馬5頭を送り込む。

 こんなに愛された調教師がいただろうか。幾多の名馬を育て上げた橋口弘師が今週いっぱいで引退。ラストウイークを迎えても名伯楽はすがすがしい表情を浮かべながら「心残りは何もない。やめる前にダービーまで手に入れて、悔いがあるわけない。やり切った気持ちでいっぱい。楽しい競馬人生でしたよ」と心境を口にした。

 師の周りには、いつも笑顔が絶えなかった。調教中に陣取る坂路監視塔2階の通称「坂路小屋」では、音無師との漫談ばりの掛け合いで小屋内が爆笑に包まれる。「みんなとバカ言ってな。何でもありやもんな。楽しかったわ」。佐賀競馬で騎手を経験したのち、71年中央競馬の厩務員に転身。82年に厩舎を開業して勝ち星を積み重ねた。JRA通算991勝、重賞96勝(うちG1・10勝)。記録にも記憶にも残る功績だ。「何で、こんな数字を残せたのか驚いている。良血ばかりがいたわけでもないのに」と振り返る。

 橋口師を振り返る上で欠かせないのがダービー挑戦だ。初参戦の90年ツルマルミマタオー(4着)から毎年のように管理馬を送り込んだ。「ダービーに執念を燃やした競馬人生」。96年に出走したダンスインザダーク(2着)について「ボクの中では“最強馬”。どんな勝ち方をするんだろうと思ったほど。負けることは考えてなかった。今となっては甘い考えで見てたな」と夢舞台で競馬の怖さも味わった。

 定年が迫った14年、ワンアンドオンリーで悲願のダービー優勝。20頭目の挑戦だった。「負けるたびにダービーへの思いは強くなっていった。幸せを与えてくれた馬。ダービーを獲らせてくれるために出現したのかなとも思う」とあらためて喜びをかみしめた。

 引退後は長男・慎介師(3月開業)が厩舎を継ぐ。「息子も(調教師試験に)受かって、早く交代したい気持ちも強くなった。みんなが来てくれる厩舎づくりをしていってほしい」とエールを送る。トレセンを去った後も、競馬は見続けていくという。「競馬を楽しみたい。当然、馬券も買うでしょう」。今週末、名トレーナーはファンからも関係者からも惜しまれながら、34年間の調教師人生にピリオドを打つ。

 ◆橋口 弘次郎(はしぐち・こうじろう)1945年(昭20)10月5日生まれ、宮崎県出身の70歳。24歳で佐賀競馬の騎手になった後、栗東トレセンの厩務員→調教助手を経て80年調教師免許取得、82年に開業。84年京都牝馬特別(カルストンダンサー)で重賞初勝利。JRA通算8640戦991勝。

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