谷口キヨコ ネコの飼い主歴25年(6)ペットロスの母のために“三男”桃太郎をお迎え

[ 2024年5月13日 15:00 ]

桃太郎くんです。ブラッシングさせてくれないので、ちょっとパサパサ。ご機嫌はフツーの顔
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 【谷口キヨコのごきげん!?SOLOライフ】うちの猫のお話第六話。三男・桃太郎の物語です。

 長男(猫ですがうちではそう呼んでいます)金太郎くんが2020年1月に死んでしまって、20年ぶりにうちには猫がいなくなりました。

 4カ月間、きんちゃんの看病をしてくれていた母も抜け殻のようになっていました。その頃の母は自身の体調もあまり良くなく、そのなかでの猫の看病は大変やったと思います。

 看病はしなくてよくなりましたが、いつも一緒にいる、いとおしい存在がいなくなり、ぼーっとしてることが多くなった母。よく泣いてました。それは私も同じで、時間の余白ができると、すぐに涙が出てきてしまう…。本当にそんな日々でした。

 その頃、私と母は同じマンションの階違いに住んでいました。私の部屋には次男・銀次郎くんがいたので(相変わらず金太郎くんと仲が良くなかった)、金太郎くんは母の部屋でみとりました。部屋に独りぼっちになった母に、思いきって「今度はどんな猫さんに来てもらう?」とわざと陽気に言ってみました。この状況を打破するのは猫をお迎えするしかない、と思ったからです。猫には猫です。「もう猫は嫌。こんなつらい思いするのが嫌やから、生き物はもう嫌や」。母はそう言い続けました。

 それでも、実際に猫を見たら母の気持ちも変わるかも、とペットショップに連れて行きもしました。そこには母の大好きなスコティッシュフォールドの子猫がちょうどいて(金太郎くんも銀次郎くんもスコティッシュフォールドです)母も少しは興味をもったようでしたが、それでも飼う気にはならなかったようで、すぐに「きんちゃん思い出すからもう見たくない、帰る」と店を出てしまうのでした。保護猫のサイトを見せてみても関心は示さず…。でも、お昼間は狭いマンションで一人きりの母はどんどん暗くなっていきます。

 これは無理矢理にでも猫に来てもらうしかない! きんちゃんのことばかり思い出してつらいけど、新入り猫さんのお世話で母を忙しくして少しでも元気になってもらおう…。そんなこんなで、私のなかではもう次の猫さんを迎えることを決めていました。

 ふと気づいたんです。母は80代だし、次の猫さんが年老いて最後にみとるのは母ではなく私だと。「あんな、おかあちゃん。次の猫な、病気で早く死なへん限り、その猫をみとるのは私やからな。私が責任もつわ」。思いきって母にそう言いました。いつもならすぐに否定の言葉が出る母ですが、そのときは何も言いませんでした。それほど金太郎くんの最後のお世話は大変だったのです。

 動物と暮らしたことがある方は「もうあんなつらいめにあうのは嫌や」と言う方がたくさんいはります。私もあの頃のことの大変さ、亡くなってからの寂しさを思うと「もう二度と嫌や」と思います。でもそれ以上に、毎日の楽しさといとおしさと安らぎを彼らは私に与えてくれます。また、そんな関係を築けることが私にとっては、人生の幸せの一部分であることは間違いないと思っています。

 その何日か後にペットショップで見た、あの子猫をうちにお迎えすることができました。その猫が来たときも「私は面倒みないからね。あんたが責任とりや!」ときつい口調で母は言いましたが、子猫がケージから出ておっかなびっくりで部屋をキョロキョロ見てヨチヨチ歩くのを見た母は満面の笑みになり「きんちゃんの入れもんでええかな」と、しまっていたごはんの入れ物をどこからか出してきて「名前を決めなあかんわ。呼ばれへんもん」と言い出してくれたんです! よっしゃ!

 「金太郎で銀次郎ときたからやっぱり和風よね」とか私が言ってると、母と私の目があってほぼ同時に「桃太郎!」となりました。小さくてふわふわの白で、はちわれのところがベージュの桃太郎くんは生まれて5カ月でうちに来てくれました。

 この猫のお家は最初から母の部屋です。ももちゃんは母にとって初めての、自分で育てる猫さんです。ももちゃんはその日から、おかあさんの猫になりました。

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