スポーツが消えたニューヨーク この空虚感を忘れずに

[ 2020年4月23日 10:00 ]

昨年3月28日にヤンキースタジアムで行われたヤンキース対オリオールズの開幕戦(AP)
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 「夏過ぎまで、全ての市内の公共イベントがキャンセルされるだろう。ニューヨークでスポーツはしばらく行われないよ」

 21日、児童保護サービス(児童虐待や育児放棄の通報に対して責務を負う政府機関)の一員としてニューヨークで活動してきた元スポーツ記者の友人から、そんなメッセージが届いた。ロシア人だが米国永住権を保持する彼は、パンデミック(世界的大流行)の中でも仕事継続を許可された「エッセンシャル・ワーカー(市民の生活を支えるために働く人々)」。ロックダウン(都市封鎖)後も活動を続ける過程で、新型コロナウイルスに感染したという。まだ40代前半という若さにもかかわらず入院し、しばらくは歩行も厳しかったのだとか。

 この友人にはスポーツ界、政府の事情の両方に関する知識もあるだけに、言葉にも説得力がある。最近、同じく40代のニューヨーク・ポスト紙のスポーツカメラマンがコロナで命を落とし、業界内に大きな衝撃を引き起こしたばかり。こういったニュースを見るまでもなく、自由な外出すらままならない今のニューヨークでは「スポーツどころではない」というのが正直なところだろう。

 今シーズンの開催を諦めないMLBはアリゾナ、フロリダ、テキサスの3州に全チームを集め、無観客でのリーグ戦を検討していると伝えられている。コンセプトはどのプランも同じで、選手、コーチ、スタッフを長期間にわたって隔離した上でゲームを開催するというもの。ハードルは少なくないように思えるが、無観客、無移動でのリーグ戦ならばコロナ感染のリスクを低く抑えられるのは事実に違いない。

 ただ…ニューヨーク、ロサンゼルスなど大都市でのスポーツの復活は、遠いと考えざるを得ない。すでに全米最多の8000人以上に及ぶ死者が出し、人々の生活も一変したニューヨークは特に厳しい。今後、状況は徐々に安定に向かうとしても、人々の密集が避けられない都会では感染者再拡大のリスクは常にある。私の友人が述べていた通り、少なくとも秋まではこの街で大規模なスポーツイベントが行われることは考え難いし、開催するべきだとも思わない。たとえMLBが開幕にこぎ着けたとしても、ヤンキース、メッツは他の街でのプレーを余儀なくされるはずだ。

 これまでニューヨークで20年以上を過ごし、様々な災害も経験をしてきた。2001年9月の米同時多発テロ事件の直後は「もうこの街にスポーツは戻ってこない」と絶望しかけたが、驚くべきことに事件から10日も経たないうちにMLBの試合は再開した。それほど打たれ強い米スポーツも、コロナという見えない敵の前には厳しい戦いを余儀なくされている。「ニューヨークは簡単には死なない」という確信に変化はないが、復興までにかなり長い時間が必要になるのは確かなのだろう。

 過去15年の大半をスタジアム、アリーナで過ごしてきた人間としては寂しいが、現在のニューヨークで「スポーツがなくて残念」と感じられる健康状態の自分は幸運なのだ。今はただ、間違いなく歴史に刻まれる現在をしっかりと記憶しておきたいと思う。ベースボールが消えたニューヨークの空虚感を忘れずにいたい。自分にとってスポーツがどれだけ大切に感じたかを覚えておきたい。いつかこの街に球音が戻ってきたとき、この時期に経験したことが何らかの形で必ず生きてくると思うからだ。(記者コラム・杉浦大介通信員)

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