【内田雅也の追球】みぞれと梅の季節――春まだ遠い阪神

[ 2020年3月6日 08:00 ]

鳴尾浜「白球の森」で咲いていた豊後梅
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 鳴尾浜球場で阪神2軍の練習が終わったころ、みぞれが降ってきた。トンボを手にした阪神園芸の若いグラウンドキーパーが「あれ、珍しいなあ」と空を見上げていた。

 『みぞれ』という重松清の短編小説がある。脳梗塞の後遺症がある父と介護する母が故郷で暮らす。東京にいる<僕>は帰省し、年老いた両親に心が痛む。帰り際、雨がみぞれに変わる。<それでも――いまは、みぞれの季節なんだと自分に言い聞かせた。秋と冬の境目に、わが家はいる>。雪でも雨でもない、みぞれに心を重ねる。

 みぞれは冬の初めや終わりに降る。この日降ったのは春みぞれだ。後に雨となり、寒風が音を立てて吹いていた。

 鳴尾浜であったのは阪神2軍と大商大とのプロ大学交流試合だった。注目した藤浪晋太郎の登板は6回からだった。4回を投げ、3安打1失点。四球からピンチを招き、左打者に速球を合わされて強風に運ばれる左越え二塁打で失点した。ただ8回表には3番の左打者を胸元速球で見逃し、4番右打者を高め速球で空振りと連続三振に切るなど、光る投球もあった。

 バックネット裏スタンドにいたヤクルト・スコアラー山口重幸は藤浪登板とともに前方の席に移り、隣に座った。身を乗り出して見ていた。

 感想を聞くと「いやあ」と口ごもった。「どうなんでしょう。はっきりしませんねえ……」

 いいのか、悪いのか、白黒付けづらそうな顔をしていた。まさに、この日降ったみぞれのような投球内容だったのだ。

 試合も最終スコアは10―2だが、内容はどうだろう。たとえば、走者2人を置いた好機で第1ストライクで凡飛を打ち上げた打者がのべ4人いた。陽川尚将、中谷将大、大山悠輔のクリーンアップトリオで14打数3安打。安打はいずれも単打と、みぞれ模様だった。

 ただし、はっきりしていたのは走塁である。中飛で一塁から二塁を奪った高山俊の積極性や、平凡な二ゴロで一塁セーフとなった島田海吏の快足が光る。そして何より、選手たちは攻守交代で守備位置まで全力で駆けていた。

 2軍監督・平田勝男はかつて「アマチュアに刺激を受けることも多い」、さらに「野球では心が顕れる。一番は走塁に見える」と話していた。

 球場近く「白球の森」で豊後梅が咲いていた。桜はまだだが、いずれ必ず花開く。いまは、そんな季節なのだろう。        =敬称略=
     (編集委員)

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2020年3月6日のニュース