【内田雅也の追球】引き分けの興奮、そして、名誉と愛

[ 2019年6月12日 08:00 ]

交流戦   ソフトバンク2―2阪神 ( 2019年6月11日    ヤフオクドーム )

引き分けに持ち込みベンチ前でハイタッチする阪神ナイン(撮影・大森 寛明)
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 かつて阪神に在籍したクレイグ・ブラゼルも口にした。勝敗がつくまで延長を続ける大リーグでは、引き分けについて「妹とのキスのようだ」という言い方がある。つまり「ちっとも興奮しない」というわけである。

 しかし、この夜の引き分けは手に汗握った。十分に興奮する引き分けもあることを証明した。

 阪神から見れば、9回裏2死で同点に追いつかれてから、4イニング続けて計5人(うち3人は得点圏)のサヨナラの走者を背負いながら、ついに本塁に還さなかったのだ。

 特に最終の12回裏は内野安打、けん制悪送球に暴投で背負った無死三塁と絶体絶命の窮地をしのいで見せた。この間、たとえば二塁を守っていた若い植田海は1球ごとにグラブを外してユニホームで手の汗をふいていた。遊撃・北條史也は捕手の投手返球のバックアップで大きな声を出していた。緊張と重圧のなかを戦い抜いたのだ。そして負けなかった。

 つまり、12回までと決められたなかでの引き分けは、チームを強くするのではないか。

 だからだろう。阪神は試合終了後、首脳陣や控え選手がベンチ前に出て、9人の選手をハイファイブで出迎えたのだ。まるで勝利後のような光景がそこにあった。

 かつて、米国人を狩猟民族、日本人を農耕民族だとして、食糧を分け合う日本人には引き分けが向いている、といった論考もあった。いや、それもどこか違う気がする。

 阪神は(もちろん相手のソフトバンクも)、懸命に相手を倒しにいっていた。だが、両チームとも倒れなかったのだ。

 こんな引き分けは、4時間42分を戦った激闘としてたたえられていい。

 もう一つ書いておきたい光景がある。完投勝利まで「あと1人」まで好投したランディ・メッセンジャーである。

 9回裏2死二塁から今宮健太に左前同点打を浴びた。同点で踏ん張り、延長に持ち込んだベンチで捕手の梅野隆太郎が隣で落ち込んでいた。自身のリードを悔いていたのだろう。メッセンジャーの方が梅野の肩を抱きながら、慰めていた。これがバッテリーである。

 左前同点打のライナーを無理を承知でダイビングした福留孝介の姿も目に焼き付いている。これがチームである。

 アメリカの古い格言に「野球では、勝てば名誉が得られる。負ければチーム愛が残る」というのがある。アメリカにはない引き分けで、阪神はその両方を得たのではないだろうか。
=敬称略=(編集委員)

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2019年6月12日のニュース