野球という仕事 内川聖一の優しい声、いじめられている子の胸に届け

[ 2016年12月24日 10:00 ]

福島県の楢葉町での野球教室で中学生とキャッチボールをするソフトバンク・内川
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 【君島圭介のスポーツと人間】東日本大震災から5年がたった今年の12月17日。東京電力福島第一原発から20キロほどの距離にある福島県双葉郡楢葉町の野球場にソフトバンクの内川聖一が立った。ユニホーム姿の中学生に囲まれていた。13年にいわき市で開催された球宴でMVPを獲得。賞金300万円を「福島の被災地のために使いたい」と始めた野球教室は3回目を迎えた。

 「なんでキャッチボールは相手の胸に投げると思う?」。憧れのスター選手を前にモジモジする子供たちに問いかけた。「相手が捕りやすいから。捕る方は少しボールがそれても正面で捕ってあげる。それが思いやり。気持ちが通じ合うということなんじゃないかな」。相手を思いやり、気持ちをひとつにする。だから野球の練習では最初にキャッチボールをやる。そう説いた。

 内川が「気持ちが通じ合わないと、俺がここに来た意味がないよな。今日は君たちとキャッチボールをやろうと思う」と声を上げると、子供たちの顔がぱっと輝いた。参加者は県内の255人。町民の8割以上がまだ避難している楢葉町からも1人参加していた。

 県外に避難した福島の子供たちが卑劣ないじめに遭うケースが表面化している。「放射能がうつる」「賠償金で儲けている」。嘘や雑言を流布し、暴力も振るう。被災した方が悪いのか。内川の正義感は強い。激しい言葉で卑劣ないじめ行為を非難すると思った。だが、「それ(原発事故)によって子供たちが苦しい思いをするのは悲しい」と静かに切り出すと、こう続けた。

 「僕らは(味方なんだと)発信していかないといけない。そう思っていない人はたくさんいるんだよ、と分かってくれるだけでも勇気につながると思う」

 放射線量が高く、帰還困難区域に指定されている隣接の双葉町を仙台育英出身の同僚・上林誠知と見て歩いた。駅の売店に残されていた2011年3月11日付の新聞を手に取った。ソフトバンク移籍1年目の内川が、オープン戦で古巣の横浜(現DeNA)相手に移籍後初本塁打を放った記事があった。「時が止まっていた。胸が苦しかった」と声を詰まらせた。

 内川は1人2球ずつ、参加者255人全員と510球のキャッチボールを行った。

 本当はいじめる側の方が少数派だ。嘘や雑言に対し、「そう思っていない人」の方が圧倒的に多い。だからと言って、いじめる側を非難し、排除するのでは新たないじめを生むだけだ。

 大事なのは相手を思いやる気持ち。内川は知っている。いじめられている子に「味方だよ」。そっとボールを投げるだけでいい。言葉はきっと相手の胸に届く。それが、心が通じ合い、ひとつになるということではないだろうか。(専門委員、敬称略)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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