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26年前の日本人同士ビッグマッチ…敗れた坂本博之氏「負けを糧に、どう人生を生きていくか」

[ 2026年5月1日 05:21 ]

WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦   〇同級王者・畑山隆則 TKO10回18秒 同級14位・坂本博之● ( 2000年10月11日    横浜アリーナ )

坂本博之氏の代名詞でもある「不動心」の書が経営するジムに飾られている
Photo By スポニチ

 【世紀の日本人対決を語る(5)】坂本博之氏(55)は、26年前に畑山隆則氏(50)と戦ったWBA世界ライト級タイトルマッチの「勝負はまだ終わっていない」と言う。児童養護施設出身の自らの境遇から、現役時代に「こころの青空基金」という任意団体を設立し、施設を支援する活動を行ってきた。日本人同士のビッグマッチは、敗者の人生にも大きな意味を与える。

 世間に注目される試合が持つ影響力を、敗者である坂本氏も身をもって経験している。

 畑山戦3カ月前の00年7月、会見でこう呼びかけた。「児童養護施設を支援する基金を設立しました。ご協力をお願いします」。自身が過ごした福岡市の「和白青松園」の子供たちとの交流のため、「パソコン1台」を送るためだった。

 「文通していたんですが、パソコンの方が早いし、視野も広がると思って」。数日後、施設に約20台のパソコンが次々に送られてきたという。ビッグマッチへの世間の注目と、マスコミの力を思い知った出来事だった。

 畑山氏との一戦は、「自分の光の部分しか頭になくて、影を見極められなかった」と振り返る。「パンチをもらっても倒れない自信があった」が「30歳で体に負の部分が出ていた」と言う。左ガードを下げる「デトロイトスタイル」を採用した戦術は裏目だった。

 「自分の強さ、弱さを知るというのは、今に通じる教訓」。4度目の世界挑戦に失敗した畑山戦後、7年もリングに上がり続けた。現役へのこだわりは捨てきれなかったが、後楽園ホールで行った引退式で吹っ切れた。

 「リングを下りるとき、拍手をたくさん受けて。自分のボクサー人生は失敗だと思っていたのに、こんなに祝福してもらえるのなら成功だった」と思えたという。「引退後の社会で生かしたい」との気持ちが生まれた。

 坂本氏は、現役時代に設立した「こころの青空基金」の活動を、全国の児童養護施設の支援に拡大し、ジム経営の傍らで約600ある施設訪問を目指している。「夢を持つことの大切さ」「一生は疲れる。でも一瞬懸命ならできる」と子供たちに伝えている。

 「勝負は続いている。世界王者の夢は果たせなかったけど、夢は一つじゃない。負けを糧に、どう人生を生きていくかです」。勝負には必ず勝者と敗者がいる。2日には井上、中谷の明暗がくっきりと分かれる。そこからまた、勝者には勝者、敗者には敗者の新たな勝負が始まる。(鈴木 誠治)=おわり=

 ▽WBA世界ライト級タイトルマッチ 強打と、ためらいのないファイタースタイルで人気があった坂本は、97、98、00年と世界挑戦に失敗。4度目の世界挑戦を前に左ガードを下げる「デトロイトスタイル」を採用し、打たせて打つ戦略で臨んだ。初回に古傷の左まぶたを切って流血した坂本は、畑山の正確なパンチとフットワークで徐々に消耗し、9回終了後にはセコンドに抱えられてコーナーに戻るダメージを受けた。10回開始早々、大木がゆっくりと倒れるようにダウンし、タオル投入でプロ40戦目で初のKO負け。7年後の07年に引退した。

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