八重樫東氏 12年に井岡と日本人初世界王座統一戦 尚弥VS中谷に「激闘王」も激闘期待
WBC・WBA世界ミニマム級王座統一戦12回戦 ●八重樫東 判定 井岡一翔○ ( 2012年6月20日 ボディメーカーコロシアム=大阪府立体育館 )
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【世紀の日本人対決を語る(3)】日本で公認された世界王座が2団体だった2012年6月20日、史上初となる日本人の世界王者同士による2団体王座統一戦が行われた。WBA世界ミニマム級王者だった八重樫東氏(43=現大橋ジム・トレーナー)はWBC世界同級王者・井岡一翔と対戦し、日本ボクシング史に残る激闘を演じた。同じく名勝負を予感させる井上尚弥VS中谷潤人戦では4団体統一王者が新たな一面を見せる可能性を予告した。
元世界3階級制覇王者の八重樫トレーナーは現役時代に「激闘王」の愛称で親しまれた。以前は決して全国区の選手ではなかったが、ファンに愛されるきっかけとなった敗戦がある。「あのとき勝っていたら長く現役を続けていなかっただろうし、複数階級制覇もなかった。あの試合がなかったら、今の自分はない」
12年6月、日本人世界王者同士で初の王座統一戦が行われ、WBC世界ミニマム級王者・井岡一翔と激突。当時、18戦目で既に2敗を喫していた八重樫氏に対し、井岡は9戦全勝。「“天才”に対し“苦労人”の立ち位置の方が楽で良かった。プレッシャーなんてなかった」と下馬評が低い中、敵地・大阪に乗り込んでいった。
試合は序盤から打撃戦を展開。ラウンドが進むにつれ、八重樫氏の顔はパンパンに。両目のあまりの腫れように、レフェリーから何度もドクターチェックを要求されたが「もともとこういう顔なんで。見えます」とセコンドの大橋秀行会長(61)の必死の訴えで、ストップを免れた。
結果は僅差の判定負け。「勝った、とも思ったが、見た目で負けていたんでしょう」と苦笑する。それでも最終12回まで激しく打ち合う気迫と根性に国民は熱狂。瞬間最高視聴率は関東地区で22・7%、関西地区で29・1%を記録。この一戦を境に従来の関東ローカルから、TBS系などで全国生中継されるようになり「自分を知ってもらうきっかけになった。“激闘王”はおかげさまで気に入っています」と話す。
いまだ現役のその戦友は、来月2日に東京ドームで同門の後輩、王者・井上拓真に挑戦する。「敵討ちとかではない。ただ世代交代という意味でも、僕らの時代からずっと引っ張ってきたレジェンドを攻略してほしい」
さらには現役時代から共に世界王者としてけん引してきた井上尚は、中谷を迎え撃つ。あえて勝敗を予想しなかった八重樫氏は「中谷選手の経験も申し分ないが、井上尚弥は前人未到の道を歩んできた。そのキャリアから出る引き出しは、まだ誰も見たことのないものなんじゃないかな」。想像のはるか上を行くパフォーマンスを期待した。
▼初の日本人世界王者同士の王座統一戦 12年6月20日、大阪府立体育会館で行われたWBC・WBA世界ミニマム級王座統一戦。11年10月にWBA世界同級王座を獲得した八重樫東(29=大橋)は初防衛戦でWBC同級王者・井岡一翔(23=井岡)と対戦。当時、日本に世界王者が8人存在していた背景もあり国内初の世界2団体王座統一戦が実現した。序盤から互角の戦い。八重樫は試合途中で目を腫らしながらも打撃戦を演じたが、いずれも1、2点の小差で0―3の判定負けを喫し、王座から陥落。



















