井岡一翔がタトゥーを入れるべきではなかった理由がある

[ 2021年1月6日 14:45 ]

<WBOスーパーフライ級井岡一翔×田中恒成>防衛に成功した井岡(撮影・島崎 忠彦)
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 【君島圭介のスポーツと人間】それは日本のボクシング界にはボクサーが入れ墨やタトゥーを晒して試合をすることを禁じるルールがあるからだ。そのルールの中で頂点に立つ者がチャンピオンの称号を与えられる。そして、井岡一翔はチャンピオンなのだ。

 昨年の大みそかに開催された「WBOスーパーフライ級世界戦」で勝利した井岡の左腕にはっきりとタトゥーが見えていた。入れたのは世界王者になった後だ。外国人ボクサーはタトゥーだらけじゃないか。時代に合わせてルールを変えればいいじゃないか。そんな意見もある。そうだろうか。

 中量級で日本ランキング1位まで上り詰めた大嶋宏成というボクサーを有名にしたのは、入れ墨の除去手術痕だった。暴力団の構成員だった大嶋が、ボクシングの世界に足を踏み入れたとき、最初にやったのは入れ墨を消す努力だった。尻と太腿の皮膚を移植。壮絶な手術だったという。

 川崎タツキというボクサーも同じような境遇から抜け出してリングに上がった。彼もまた入れ墨を消し、日本タイトルに3度挑戦するほどの名ボクサーになった。

 彼らは少年院での経験や薬物中毒を乗り越え、覚悟を持ってボクシングジムの門を叩いた。何故、入れ墨を消したのか。それが日本のルールだったからだ。何故、ルールを守るのか。日本でチャンピオンになりたかったからだ。

 プロ興行が成り立つほどの人気スポーツの中で、ボクシングほど間口の広い競技はない。ボクシングジムにいれば、年に数人は他のスポーツでは受け入れてもらえないような「やんちゃ」な少年が入ってくる。私が入門していたジムにもある日、そんな少年が入ってきた。中学生なのに金髪。目つきもよろしくない。あるときなど明らかに暴力団員風の男が2人、少年を引き渡せとジムに乗り込んできた。ケンカで彼らの仲間を殴ったという。このときは、ジムの会長が「本職が子ども相手に本気になりなさんな」と、諭して事なきを得た。

 その少年はのちに大手ジムに移籍し、日本ランカーとして活躍した。厳しい練習の合間に食事へ連れて行くと、私に対して敬語を使いこなした。笑ってしまうと同時に感動してしまった。
 「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」ということわざが、ボクサーにぴったり当てはまる。誰の目にも止まらないような小さな種が、周囲の保護と励ましで成長して青々とした芽を吹き、真っ直ぐに伸び、やがては黄金色に実る。その実りが多ければ多いほど礼儀正しく腰が低い。

 大嶋も川崎も、私の知るかつての少年もたわわな黄金色の実りを付けた。みんな尊敬すべき素晴らしいボクサーだった。そして彼らでさえも届かなかったチャンピオンという存在は、ボクサーとしての至極。誰よりも黄金色に輝かなければいけない。

 だから、井岡一翔にはその芸術的な肉体を墨で汚して欲しくはなかった。「やんちゃ」者でもチャンピオンになれるのがボクシングの魅力だ。チャンピオンが「やんちゃ」になるのは筋が違う。井岡というボクサーは、精度の高い技術を身に付けた歴史に残る真のチャンピオンだからこそ、タトゥーは入れるべきではなかった。(専門委員)

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