ガッツポーズの誕生 イロモノから世界王者へ「石松」の人生が「380度変わった」8回KO勝ち

[ 2020年5月21日 06:00 ]

1974年4月11日、WBC世界ライト級タイトルマッチでロドルポ・ゴンザレス(左)から最初のダウンを奪い飛び上がって喜ぶガッツ石松(右)
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 【Lega-scene あの名場面が、よみがえる。~ボクシング編~】昭和、平成の名場面を本紙秘蔵写真で振り返る「Lega―scene(レガシーン)」。プロボクシング編の3回目は、日本人初のライト級世界王者で5度の防衛に成功したガッツ石松です。3度目の世界挑戦となった1974年(昭49)4月11日、WBC(世界ボクシング評議会)同級王者ロドルフォ・ゴンザレスに8回KO勝ちして悲願のベルト奪取。拳を突き上げるガッツポーズを披露しました。

 リングには、もう一人の敵がいた。石松は8回左フックから素早く右へつなげる“幻の右”でダウンを奪った。だが、米国人レフェリーは石松をコーナーへ追いやるとゆっくりとカウントを始めた。15秒を超えて立ったゴンザレスをアッパーで再び倒した際にはスリップと判定し、手を引っ張って王者が立つのを手助けした。

「OK、じゃあ完全にぶっ倒してやろう」

 激怒するセコンドを石松は冷静に手で制しめった打ちで仕留めた。ゼネストで交通機関がまひする中試合は強行された。当初1月に予定されていた試合はゴンザレスが毒グモにかまれたため3カ月延期。再延期は認めないとの一筆を取ったことが裏目と出た。

 だが、石松には延期が幸いした。合宿で走り込んで体力をつけエディ・タウンゼント・トレーナーの指導を受けてレベルアップ。試合中にすぐ諦めて倒れるような姿を「ガッツが足りない」と指摘されリングネームも「鈴木石松」から「ガッツ石松」に変えていた。

 プロ11敗もして引き分けも5つ。入場も三度笠(がさ)と合羽(かっぱ)姿でイロモノ扱いされていたボクサーは握りしめた拳を突き上げた。翌日のスポーツ紙には「ガッツポーズ」という表現が登場。“ガッツ伝説”の始まりだった。

 ≪「僕さあ、ボクサー」 タレントの先駆者に≫石松は世界のベルトを獲って「人生が180度、いや380度変わった」と言った。試合翌日には日本テレビのバラエティー番組「うわさのチャンネル!!」に出演。和田アキ子に「何だ君は?」と聞かれ、「僕さあ、ボクサーなの」と答えたのを機にテレビ出演が相次いで、ボクサータレントの先駆者となる。俳優としてドラマ「おしん」「北の国から」、スピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」などで好演。自ら監督・脚本を務めた映画「カンバック」「罪と罰」も製作した。トレーナーにはならなかったが、請われれば喜んで指導にあたった。

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