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無理を通せば限界が――WBC世界フライ級タイトルマッチ

[ 2018年4月18日 14:29 ]

試合後、謝りながら引き揚げる比嘉
Photo By スポニチ

 【中出健太郎の血まみれ生活】新聞記者として致命的なのだが、記事を書くスピードが遅い。若い頃はデスクに「お前の原稿のスペース空けて待ってんだ。真っ白な新聞を出すつもりか」などと怒鳴られていた。取材対象と接触できずコメントが取れない、延長戦で試合が終わらないなど、いかなる理由があっても締め切り時間を守るのは記者の義務。“白い新聞”に絶望する夢は何度も見た。

 どんな理由があろうとボクサーが決められた体重をつくるのもまた、最低の義務だ。最近はトレーニング方法も発達し、体重が落ちにくいアスリート体形のボクサーも増えたから、昔の減量と単純な比較はできない。しかし、内山高志氏は普段から節制に努め、一度も減量苦を訴えずに6年以上も王座を守り続けた。ボクシングのチケット、特に世界戦はとびきり高額だ。そのチケットを買って会場に足を運んでくれる観客に、そして契約どおり体重をつくってきた相手に対し、体重超過はプロとして失格と言われても仕方がない。

 それでも、減量に苦しむ比嘉大吾を普段から取材してきただけに、同情の念は湧いてしまう。今回、野木丈司トレーナーは減量食の弁当を一日2食分差し入れていたが、差し入れ初日、激しい練習後に、ちっちゃな容器に入ったわずかな肉を見て「おお、おいしそう」とはしゃいだ比嘉に涙が出そうになった。試合が終わった夜は後援者へのあいさつまわりで好きなものを食べるだけでは足らず、ホテルに戻ってからコンビニへ走るほどの食べ盛りの22歳。「スパイシーチキンが食べたくなるんですけど、深夜のコンビニには何で置いてないんすかね?おなかがすいている時間をなくしたいんですよ」と話していた。減量の影響で2日前に足がけいれんした2月のV2戦後、具志堅用高会長が「まだまだフライ級で戦えます」と話した横で、「マジか」とばかりに目を見開いた姿が何とも気の毒だった。

 試合はやるべきではなかった。比嘉は本来のスピードもパワーもなく、ラウンドごとの消耗もひどかった。ロサレスがリーチの長さを生かした右のカウンターや比嘉相手に最も有効なアッパーを狙うなど対策を積んできたのが分かっただけに、ベストコンディション同士なら年間最高試合レベルのファイトになったのではと惜しまれた。ドクターストップで日本ボクシングコミッション(JBC)が試合開催を認めないのが最良の解決策と思ったし、生中継のフジテレビも中止に備え、村田諒太のVTR集などを準備していた。だが、比嘉がリングに立つことを希望したのだという。

 意図的な体重超過ではなく、心身ともボロボロの状態で、8ラウンドまで戦い抜いた精神力には感心する。ロサレスが打たれても前に出る根性を見せなければ、力が入る唯一のパンチ、ボディーに活路を見いだそうとした比嘉に屈していたかもしれない。そんな、リングに上がれば何とかしてしまうメンタルと闘争本能に、比嘉本人も周囲も甘えがあったのではないか。今回、最後の最後に肉体が悲鳴をあげなければ、さらに無理を続けた可能性がある。世界戦日本人初の体重超過と王座剥奪は最悪の結末だが、比嘉の体に異常が出るなどもっと悲惨なことになっていたかもしれない。 (専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう)千葉県出身の51歳。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上、スキー、NBA、海外サッカーなどを担当。後楽園ホールのリングサイドの記者席で、飛んでくる血や水を浴びっぱなしの状態をコラムの題名とした。大橋ジムの大橋秀行会長は、八重樫東の現役最後の試合としてVS比嘉も考えていたと明かした。八重樫にとっては勝っても負けても納得できる相手のはずで、激闘も期待できただけに残念だ。

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2018年4月18日のニュース