ラグビーW杯から1年…森会長、日本に対する“強豪国の変化”実感、再招致「やるしかない」

[ 2020年9月20日 06:45 ]

オンラインでインタビューに応じた日本ラグビー協会の森重隆会長(同協会提供)
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 1年前のきょう9月20日、ラグビーW杯日本大会が開幕した。史上初の8強入りを果たした日本代表の躍進もあり、列島が空前のラグビーブームに沸いてから1年。新型コロナウイルスの影響で今年の代表活動が見送りになるなど、ラグビー界も大きな打撃を受ける中、日本協会の森重隆会長(68)の胸中は。スポニチなどのインタビューに応じた。(取材・構成 阿部 令)

 ――W杯開幕から1年が経った。その後のトップリーグも盛況だったが、新型コロナの影響で打ち切りに。この1年を改めてどう振り返る。
 「日本代表がW杯でベスト8になったのは事実だが、その影響で子どもたちがラグビーに興味を持ってくれたことが印象的だ。データ的にもタグラグビーに触れる子どもが増え、小学生の大会も盛り上がった。(大会前は)まさかこうなるとは思わなかった。しかも開催都市を中心に、子どもたちが競技場に足を運んで、ラグビーの素晴らしさを体感してくれた」

 ――W杯を通じ、地域協会や自治体とのつながりが深まった。
 「開催都市の地方自治体が一生懸命やってくれたのが、成功の大きな要因だ。組織委員会にも感謝している」

 ――今年の代表戦がなくなった。今後、日本協会としての方策は。
 「そこは岩渕(健輔専務理事)に任せているが、結局、ポジティブに考えないといけないと思う。この1年は(選手にとって)休養だと。そう思わないと納得できない。いずれにしても、来年の早々にはジャパンを編成しないといけない。ジェイミー(・ジョセフ・ヘッドコーチ)、藤井(雄一郎ナショナルチームディレクター)、岩渕と考えないといけない」

 ――来年の代表戦も時期、カードを含めて不透明だ。ファンの気持ちをつなぎ止めるという意味でも厳しい状況だが。
 「どうにかしようとは思うが、この状況では試合を組めない。いま、言えることがないというのが、一番の心配事。来年6、7月にどこでやるとか、言えないのが残念。イングランド、アイルランド、スコットランドとやりますよと言いたいが」

 ――14日の代表活動に関する会見で、岩渕専務理事が「ワクワクするようなカード」を組みたいと言っていた。
 「岩渕が一生懸命やっている。ベスト8になって、かなり世界の見方が変わっているので、いろいろオファーはあると思う。どこの国が来ているかは知らないが、必ず来ていると思う」

 ――来年に延期になった東京五輪では、出場を目指していた福岡高教え子の福岡堅樹が辞退した。
 「(辞退発表前に))相談はなかった。(辞退は)残念ですね。(相談があれば)1年くらいやれよ、という話になるが。ただ、代わりが出てくると思う。常にそういうもの。誰かが出てくる」

 ――移転整備が決まっている新しい秩父宮ラグビー場に関しては、日本協会が何点かの要望を出したことが明らかになった。
 「全天候型を要望した。でも、個人的には多目的というと、無目的になる危機感がある。僕のイメージでは、イングランドのトゥイッケナム、ニュージーランドのイーデンパークのようなスタジアムにしたい」

 ――W杯での日本代表躍進の効果について、特にどういった点に感じるか。
 「それは全国民がラグビーに注目してくれたのが一番の効果だったと思う。ラグビーがただ、ぶつかるだけではない文化があると分かってもらえた。日本が正式にティア1と呼ばれるかは分からないが、強豪国に試合をやりたいというと、ちゃんと認めてもらえるようになったのも大きな違い。僕が(現役時代に)ニュージーランドに行った時は、オールブラックスとやってもらえず、ジュニア(代表)だった。今は国代表が一生懸命やってくれる。そこら辺が全然違う。ベスト8(の効果)は凄かった」

 ――23年W杯への期待や目標は。
 「もちろん成績としてはベスト8の次だから、ベスト4だと思う」

 ――昨年の大会終了後、将来のW杯再招致を明言したが、その気持ちに変化は。
 「変わりない。全く(変化は)ない。やるしかない。ラグビースクールに通っている子どもたちが20歳や25歳になった時、W杯がある、という夢を持たせないといけない。意識が違ってくる。(スローガンは)“あの興奮を、また”という感じで」

 ――27年、31年のW杯招致プロセスは来年2月から始まる。日本協会内でも招致の是非を検討するとのことだが、会長個人の考えは。
 「招致の考えはある。これだけ成功したから、もう一度やらせてよ、と。理事会ではまだ話しをしていないが、手を挙げようよ、と言いたい。(国際統括団体)ワールドラグビー(WR)も“またかよ”とは言わないと思う。日本開催の素晴らしさ、ホスピタリティーの素晴らしさを知ったと思うので」

 ――大成功に終わったW杯だが、次回招致に向けて課題を挙げるなら。
 「基本的には全て良かった。パーフェクトではなかったが良かった。どうしてパーフェクトではなかったかというと、台風の問題とかいろいろあった。自然災害や台風の対応が、ちょっと後手になった。(試合中止などの)アナウンスも遅くなった」

 ――再び日本で開催する際は、日本代表が優勝することが目標と語っていた。27年、31年開催の場合、強化は間に合うか。
 「強化をやっていかないといけないと思う。代表が強くないと、国民はラグビーに目を向けてくれない。(ベスト8で)手が届くところまで来たから、それをどう維持するかが、われわれの課題だ。(WRのビル・)ボーモントが会長のうちはもっと言えるので、その間にPRしたい。(選手時代から盟友の)ボーモントには言いたいことを言えるので、頼むよと」

 ――女子のW杯を招致する考えは。日本では未開催で男子よりも現実的だが。
 「やる気を出さないといけない。女子の方が可能性があるかも知れない。25年、29年を含めて検討しないといけない。代表の強化もしないといけない」

 ◆森 重隆(もり・しげたか)1951年(昭26)11月6日生まれ、福岡市出身の68歳。福岡高、明大を経て74年に新日鉄釜石入り。俊足センターとして日本選手権を5度制覇。日本代表には74年に初選出され、通算27キャップで主将も務めた。30歳で現役引退し、新日鉄釜石や母校の福岡高監督を歴任。19年に日本協会会長に就任。

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