追悼連載~「コービー激動の41年」その54 ブライアントの“相棒”の苦悩
デレク・フィッシャーにとって異母兄弟の元NBA選手、デュエイン・ワシントンの不祥事はフィッシャーがNBAの選手会長だった2012年9月にも世間を騒がせた。
今度は薬物ではなく人身事故。ワシントンはデトロイトの西300キロにあるクロッカリー・タウンシップのハイウエーを運転中、ガス欠となった車を乗り捨てて路上を歩いていた71歳の女性に接触。愛車ジャガーの時速は118キロに達しており、わずかな接触ではあったがその女性にけがを負わせた。しかもワシントンはその場を立ち去っており、これではあまりに無責任。結局、自宅の駐車場に戻ったところで逮捕された。サイドミラーが破損しており、何らかの異変が起こったのはわかっていたはずだが、「大人の対応」ができなかった。そして翌年の7月に懲役60日の刑を宣告されたのである。
兄の存在はフィッシャーの進学にも微妙な影響を与えた。高校はデュエインと同じアーカンソー州リトルロックにあるパークビュー・アーツ&サイエンス・マグネット高。ここでフィッシャーはポイントガードとして活躍し、チームを同州選手権の優勝に導いた。アマチュア体育協会の編成チームでもプレーし全米規模の大会でも優勝。オールアメリカにも選ばれるなど、その名は各方面に広まっていた。
しかし強豪大学はどこも誘いの声をかけてこなかった。ここがドラフト同期生でもあるコービー・ブライアントとは大きく違っていた。理由は明確ではなかったが、進学年はワシントンのコカイン使用による処分から4年後の1992年。兄のイメージを弟にかぶせてしまうのは避けられなかったのだろう。唯一誘ってくれたのは地元のアーカンソー大リトルロック校(UALR)。サンベルト・カンファレンスに所属する「トロージャンズ」が救いの手を差し伸べてくれたおかげで、フィッシャーはNCAAでのプレー機会を手にできたのである。
1992年シーズン、UALRは15勝12敗。当時10チームで構成されていたサンベルト・カンファレンス内では10勝8敗で5位だった。フィッシャーは1年生ながら23試合に先発し、平均7・2得点という成績を残している。3点シュートは27試合で31本放ったが成功は9本のみ。成功率は29・0%にすぎながった。ただしキラリと光る数字もあった。それがスティール。39回は1年生ながらチーム1位で、“スティール王”という称号はついに大学での4年間、他のチームメートには譲らなかった。
ただ大学での最初のシーズンを終えたフィッシャーの「立ち位置」は微妙だった。1年生のポイントガードとしてそこそこの活躍は見せたものの、このままではNBAからは声はかからなかっただろう。だが2年生からは飛躍的な成長を遂げていく。兄の不祥事でリクルートを敬遠した強豪校はやがて「誘っていればよかった」と後悔することになるのである。
フィッシャーは最初からハイレベルに達していた兄とは違って年を追うごとに成長していくタイプだった。やがてレイカーズでチームメートとなるコービー・ブライアントは「NBAにやってきて数年で彼はジャンプシュートが各段に上達した」と語っているが、周囲の状況に合わせて自分自身を変えていこうとする姿がそこにあった。大学2年生となった93年シーズンは28試合に出場して平均得点は10・2と2ケタに到達。3年時は4年間の大学生活としては最高の17・7にまで達している。これはもうどんなスカウトの目にも留まる成績だ。最後の4年生シーズンは30試合で14・5。点数は減ったが1年生時に9本しか決めていなかった3点シュートは学生生活の中では最多の51本を成功させており、プレーのバリエーションは増えた。インサイドでもアウトサイドでも勝負ができるガードとしてフィッシャーは「トロージャンズ」の屋台骨を支え、ついにサンベルト・カンファレンスの年間最優秀選手に選出されたのである。
フィッシャーがNBAに入ったのは1996年。苦労して入った大学時代の成績が評価され、1巡目の全体24番目にレイカーズに指名された。高校生だったブライアントが13番目にホーネッツ(当時=現ペリカンズ)に指名され、その16日後となった7月11日にレイカーズにトレードされて2人の人生は交錯。その後ブライアントのコート上でのピンチを何度も救うことになる“相棒”は、まさにたたき上げの苦労人だった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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