広島 赤松が引退 胃がんを克服し復帰「ぜいたくな時間だった」

[ 2019年9月23日 05:30 ]

引退会見する赤松(撮影・奥 調)
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 広島・赤松真人外野手(37)が22日にマツダスタジアム内で引退会見を開き、16年12月に公表した胃がんを克服してからの現役生活を「ぜいたくな時間だった」と回顧した。会見後には全体練習に合流し、台風接近のため27日の中日戦へ延期された引退セレモニーに備えた。

 赤松が満喫した現役生活をそのまま映し出したかのような、悲壮感の見当たらない引退会見だった。会見場の最後方では、背番号38のユニホーム姿を菊池涼と松山が見守る。涙はなし。「長かった」と振り返る大病からの波瀾(はらん)万丈を思った。
 「病気をしてプロの世界で…いうのはなかなかできないこと。楽しかった。(胃がん発覚から)2年半やらしてもらって、ぜいたくな時間でした」

 2016年12月に胃がんを公表し、17年1月5日に胃の半分を切除した。抗がん剤投与などを乗り越えると、野球観に変化が生まれた。「生きているだけでいいんだと。野球が二の次ではないけど、死んでしまったら元も子もない」。大病を克服して始まった2軍生活では、赤松だけが持つ視点で悩める若ゴイに寄り添った。

 「若いやつに“俺と一緒の病気になったらどうする”と言うわけですよ。そうすると、そっち(病気)の方が大変だとすぐに分かる。悩みというのは病気に比べるとちっぽけなもの」

 4年目の08年に阪神から移籍し、がむしゃらに定位置を追い求めた。時には代走や守備固めとしてベンチから赤ヘル一丸を学んだ。「よく野球が見えてきた。個人成績ではなくて勝敗を心から喜べるようになった」。だからこそ思い出の試合には、自分の活躍度とは関係なく、新井のサヨナラ打で25年ぶりリーグ優勝へ弾みをつけた16年8月7日の巨人戦を挙げた。

 「一番は自分ではない。フォア・ザ・チーム。チームのためにと思っていたから、すごく印象に残っているのだと思う」

 1軍復帰がかなわなかったのが、わずかな心残りだという。それでも、運命を受け入れられるまでにやり切った。「後悔より、やっぱり病気になって気付かされたことの方が多かった。早いうちに病気になって良かったと思っています」。CS出場が未確定な状況を踏まえて27日も出場にはこだわらない。「本当に迷惑をかけないように…」。赤松は最後までチームのために野球をする。
(河合 洋介)

 ◆赤松 真人(あかまつ・まさと)1982年(昭57)9月6日生まれ、京都府出身の37歳。平安では2年春に選抜出場。立命大を経て04年ドラフト6巡目で阪神に入団。08年1月、FA移籍した新井の人的補償で広島へ移籍。俊足、好守の外野手として10年にゴールデングラブ賞受賞。1メートル82、70キロ。右投げ右打ち。

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