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紛争地域から日本人を救出せよ! 多国間演習「コブラゴールド24」にて実施された緊迫の日本人救出訓練【自衛隊新戦力図鑑】

[ 2024年4月21日 08:00 ]

冷戦下、アメリカとタイの二国間演習からスタート

「コブラゴールド」演習は、第1回目が1982年に実施された歴史ある訓練だ。当初はタイとアメリカによる二国間演習だった。ベトナム戦争(1965~1975年)において、アメリカ軍は東南アジア特有の気候や環境での戦闘行動や生存自活、また現地人とのコミュニケーションにおおいに悩まされた。そこで、実地で学ぶべくタイと協力する道を選んだ。

政治的思惑も大きかった。当時は東西冷戦の真っただ中にあり、アメリカはベトナム戦争の敗北により周辺国に共産主義が波及するのを阻止したかったし、全方位外交をとるタイにとっても演習の実施により大国アメリカとの繋がりを持つことができた。

こうして、しばらくは二国間演習というかたちをとってきたが、タイはASEAN(東南アジア諸国連合)における安全保障枠組みの核心となるため、この演習に周辺国も招待するようになり、多国間演習へと発展。日本は2005年から参加するようになった。今年、2024年は2月27日から3月8日の日程で開催された。

M60機関銃で武装したタイ軍のHMMWYの前に立つ、陸上自衛隊中央即応連隊の隊員。中央即応連隊は、文字通り国内外の事態に即応するために作られた部隊であり、陸上総隊の下に直接置かれている。今回のような邦人輸送任務も、彼らの主要任務のひとつだ。

「TJNO(邦人輸送)」訓練とは

日本が大々的に参加したのが、3月3日に行なわれたNEO訓練だ。NEOとは「Noncombatant Evacuation Operation、非戦闘員退避行動」の略で、海外で紛争や災害などに巻き込まれた自国民を安全に連れ帰るために行なわれる。2000年代以降の国際テロの増加や、地域紛争の多発によって各国とも、その重要性を認識し、訓練を重ねている。一連のコブラゴールド演習のなかで、この訓練では日本が主導的立場を担っている。

さて、NEO訓練だが、日本はこの言葉を用いず「TJNO(Transportation of Japanese Nationals Overseas)」、すなわち「邦人輸送」と呼んでいる。異なるのは名称だけで行なう内容は変わらない。TJNOは、自衛隊法84条に明記された任務で、すでに実戦の経験もある。2004年、イラク戦争激化にともないイラク南部のタリル飛行場からクウェートまで報道関係者を輸送したのが第1回目となった。TJNOは当初、輸送対象を日本人に限定していたが、現在は外国籍の配偶者や日本企業で働く外国人などにも対象が拡大されている。2023年にはイスラエル情勢の悪化にともないTJNOが実施され、日本人のほか韓国やベトナム、台湾の人々も輸送している。

避難者のための集合地点として、また円滑な避難実施のための拠点としてウタパオ空港に「避難統制センター(ECC)」が設置された。避難者は空自隊員の手による身体検査や所持品検査を受け、安全が確認されたのちにパスポートチェックへと移る。また、身元確認のため訓練には外務省職員も参加した。

リアルさを追求!? 現地日本人が避難者として協力

今年のコブラゴールド演習には、TJNOの実行部隊の役割を担う陸上自衛隊の「中央即応連隊」と、移動手段となる輸送機を運用する航空自衛隊の「航空支援集団」が参加し、タイ国内を「紛争が勃発した某国」と仮定し、日本とアメリカ、タイが部隊を派遣したというシナリオで訓練が実施された。

訓練はタイ中部のウタパオ空港が舞台となり、同港の格納庫内に避難者の受け入れと円滑な避難実施のため拠点、「避難統制センター(Evacuation Control Centers、ECC)」が設置された。また、集まって来る避難者の役は、タイ在住の日本人がボランティアで参加した。一般的にこうした訓練の「民間人役」は軍人・関係者が演じることが多いが、「自衛官が演じると当たり前のように指示に従い、訓練の滞り無い進行を目指してしまう。これではリアリティに欠ける」(自衛隊幹部)との理由から在住日本人の協力を仰いだようだ。ボランティアとして参加した約30名の日本人民間人たちのなかには小さな子供を含む家族連れなどもおり、狙い通り“リアル”な状況が再現されていた。

タイ軍の管理エリアにて身体検査を拒否し、突然暴れ出す避難者の男性。訓練では、こうした突発的事態がランダムに仕込まれており、リアルな状況の再現が心掛けられていた。

緊迫――規制を突破して空港に侵入する避難希望者

民間のバスや軍の車両で空港格納庫に集められた避難者たちは、日米タイの受付に振り分けられていく。持ち物検査や身体検査が行なわれたのち、パスポートの確認となる。ここまでは、我々が海外旅行をする際の出国手続きと変わらない。だが、ここは紛争地。命からがら逃げてきた人々全員がパスポートを所持できているとは考えづらい。そこで、身元確認ができない人に対処するため、外務省も訓練に参加し、臨時パスポートの発行手続きや、先述した日本と関わりある外国籍の人間への対応を演練した。また、身体検査エリアでは、検査を拒否して暴れる者、危険物を持ち込む者などがランダムに仕込まれており、各国ともそうした突発事案にすみやかに対応する姿が見られた。

脱出のためのアメリカ軍輸送機が到着し、そちらへ避難者を誘導する段階となり、不審な男性が規制を突破して空港に侵入してきた。警戒にあたっていた中央即応連隊の隊員らが対処し、男性を空港の外へと押し出したのち、事情を聴く。緊迫したシーンだ。男性は「一緒に連れて行って欲しい」と訴えた。このような、現地人が国外脱出を求めて空港に詰めかけるケースは、2021年のアメリカ軍のアフガニスタン撤退でも起きており、今回の訓練で再現された。

覆面姿の不審な男性が空港への侵入を試みる。中央即応連隊の隊員が彼を制止し、規制エリアの外まで押し出す。2021年のアメリカ軍のアフガニスタン撤退では、国外脱出を求める群衆がアメリカ軍輸送機に群がる様子が報道され、大きな衝撃を与えている。

各国の避難者が輸送機に乗り込んだところで、NEO/TJNO訓練は終了となった。なお、今年のコブラゴールドで自衛隊は3月8日に行なわれた実弾射撃訓練(CALFEX)の一部にも参加している。こうした積極的な姿勢の背景には、東南アジア諸国との協力関係を深めるためにも、今後ますます多くの訓練課目への参加を目指す、自衛隊側の熱意が感じられた。

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