篠塚建次郎さんが膵臓がんで死去 75歳 パリダカ日本人初の総合V

[ 2024年3月19日 04:30 ]

篠塚建次郎さん

 世界一過酷といわれる自動車耐久レースのダカール・ラリー(通称パリダカ)で97年に日本人初の総合優勝を果たしたラリードライバーの篠塚建次郎(しのづか・けんじろう)さんが18日午前、膵臓(すいぞう)がんのため長野県諏訪市の病院で死去した。75歳だった。東京都出身。葬儀・告別式は家族葬で行い、お別れの会を後日に開く。

 篠塚さんは東海大工学部1年だった67年にナビゲーターとしてラリーデビュー。その後、ドライバーとして頭角を現して2年時の20歳で三菱自動車のファクトリーチーム入り。大学卒業後の71年に同社へ入社した。販売店セールスや整備工などの業務と並行して活動し、71、72年には全日本ラリー選手権で2年連続シリーズ優勝。国内第一人者としての地位を固めた。

 その後、排ガス規制で同社のワークス活動が休止したため、8年間はサラリーマン生活を続けたが、86年に現役復帰しパリダカに初参戦。12度目の挑戦だった97年に日本人初の総合優勝という快挙を達成した。02年7月には31年間務めた三菱自動車を退社し、ライバルの日産自動車とプロドライバー契約。07年までパリダカには22度参戦した。
 87年には俳優・三浦友和の実姉・ひろ子さんと結婚し、山梨県北杜市でペンションを経営。22年には日本自動車殿堂入りを果たした。

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