追悼連載~「コービー激動の41年」その45 チーム内で飛び交った火花
2004年のオールスターゲーム(ロサンゼルス)が終わった翌日の2月16日。レイカーズのフィル・ジャクソン監督はシャキール・オニールが欠席したチーム練習のあと、コービー・ブライアントを呼び止めて「私のオフィスで会おう」と声をかけた。「いつですか?」「15分後だ」。短いやりとりの中に火花が散っているような雰囲気だった。
ブライアントは30分後に現われる。この場面のやりとりはジャクソン著の「The Last Season」で記されている。「何でしょう?」。切り出したのはブライアント。ジャクソンは空きっぱなしとなっていたドアを閉めてこんな言葉を返した。
「私は君に対してちょっと辛らつな態度をとり続けてきたようだ。もし君が私の指導方法を認められないならそれもいいだろう。だが、もうギブ&テイクのようなやりとりはしない。たぶんそうやっているうちにチーム全体を壊していくことになる。公の席の場で君が口にしたコメントを私は容認できない。もちろん君が悩み(女性への暴行事件に関する裁判)を抱えているのは承知している。だが私は君を悩ませている人間ではない。だから私をトラブルメーカーのように見ないでくれ」。
ジャクソンはブライアントに理路整然と話をしているつもりだった。そして中核となる部分をしゃべり始める。「レイカーズは私とは契約の延長交渉はしないと言ってきた。これはいいことだ。なぜならもう今年しかないのだから。だから私は来季に君が戻ってくるかどうかとか、他の選手がまだレイカーズでプレーするかどうかなどを気にする必要がなくなった。頭にあるのは次の試合をどうするかだけ。だから君も私についての問題を解決できるだろう」。
ブライアントはうなずいた。しかし「君はまだシャック(オニール)と一緒にプレーできるはずだ」という指揮官の持論には従わなかった。この日の練習をサボタージュしたことを例に挙げ「これで彼がどんなリーダーなのかわかったでしょう」と反論した。
この論争に“勝者”はいなかった。ジャクソンは契約を凍結すると言われ、目の前にある現実だけを直視するようになった。もはやブライアントは悩みの種ではなくなった。だから何かを判断するときに迷いがなくなっていた。
2004年3月11日はボストンからミネアポリスに向かう移動日。午前9時にホテルのロビーに集合し、10時にバス出発、11時に空港からチャーター機が離陸、という移動スケジュールだった。「空港に行ってくれ」。ジャクソンが言葉を投げかけたのはバスの運転手。そこにチームの警備担当者が「今、彼はエレベーターの中にいるようですが」と声をかけてきたがジャクソンは取り合わなかった。「私の時計では10時5分だ」。そう言われた運転手はエンジンをかけ、バスは出発。そしてそのバスの最後尾を見送ったただ1人の選手が、指揮官との関係がこじれていたブライアントだった。
たった5分だ。しかもあとからご本人が認めているが腕時計が3分進んでいたのだ。それに気がついたのはミネアポリスに到着してスタッフに時間を確認したとき。ブライアントは「自分は遅れてなんかいない」と怒ったのなんの。無理もない。ボストンのホテルのエレベーターを降りてきたときにたまたまバネッサ夫人と長女のナタリアちゃんがそこにいて、わずかながらの挨拶を家族と交わしたあとにロビーに出て来たら、バスが先に出発しててしまったのだから…。
ジャクソンは「子どもの姿を自分が確認していたらこんなことにはならなかっただろう」と反省の弁を口にしたものの、怒りを爆発させたブライアントを見て「予想以上に自分は憎まれているな」と実感したそうだ。結局、実質的に2分遅れただけのブライアントは飛行機のチケットを自分で買ってミネアポリスへ移動。ミネアポリス到着後は指揮官とは口をきかなかった。その後、両者は打ち解けており、オニールを含めてギトギトした過去の苦い思い出を洗い流しているが、このときはチームにとってあまりにも“不要な火花”だけが飛び交っていた。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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