松山が胸に秘めていた「いつか自分も」 “あの日のウッズ”にどれだけ近づけたか

[ 2016年12月17日 11:30 ]

ヒーロー・ワールドチャレンジ最終日、表彰式で観衆の声援に応える松山英樹(右)。左はホストを務めたタイガー・ウッズ(米国)=AP
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 米男子ゴルフのタイガー・ウッズ(米国)が最後にツアー優勝を果たした13年8月のブリヂストン招待(米オハイオ州)。松山英樹と同組で回った大会2日目を取材した。大会最少の61で回ったウッズについて、この日68をマークした松山は「小学生とプロみたい」と言った。今では世界のトップクラスに上り詰めた男も、1ラウンドの7打差以上に、次元の違いを痛感していた。

 当時ウッズは世界ランキング1位。松山と明らかに違ったのはショットのコントロール技術だった。例えば3Wのティーショット。真っすぐ高い球でフェアウエーを捉える松山に対し、ウッズは全く吹き上がらない低いフェードボールで、コースの真ん中に運ぶ。1Wを握ればウッズは高い球で左の林の上に打ち出し、大きなスライスをかけてフェアウエーに戻した。スイング中に携帯音が鳴ればインパクト直前でピタッと動きを止めることができる。ウッズは全てを操った。

 最終ラウンドの最終18番。ウッズは右の林に第1打を打ち込み、2打目は脱出に失敗。再び林から放った3打目は狭い木の間から低く出してラフを抜け、花道を転がしてグリーン奥につけた。7メートルのラインを読み切ると、カップイン手前でゆっくりと人さし指を天に向けた。映画のワンシーンのような瞬間には鳥肌が立ち、ギャラリーの拍手はしばらく鳴りやまない。まさに千両役者だった。

 ウッズとのプレーを振り返り、松山は「こんなタイガーと回れて凄く良かった。“あそこ”までいけば自分もメジャーに勝てるような選手になる」と胸を躍らせた。憧れていた人との実力差を認めながらも「無理」と諦めるのではなく「いつか自分も」と原動力に変える。目標に向かってひたむきに努力を続けられる才能が松山にはある。今年は日本オープン、そして世界選手権シリーズを制覇。かなりの高い確率で優勝を重ね「全盛期のウッズ」と持ち上げられる中、松山自身は一体どれぐらいあの時のウッズに近づいたと感じているのだろうか。(記者コラム・宗野 周介)

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2016年12月17日のニュース