20歳川村 ツアー初V!上がり3ホールで3打差大逆転

[ 2013年9月30日 06:00 ]

プロ初優勝を決めた川村はボランティアの人たちの温かい拍手を受けながら表彰式に向かう

男子ゴルフツアー パナソニック・オープン最終日

(9月29日 大阪府茨木市 茨木カンツリー倶楽部=7328ヤード、パー71)
 遼、松山に続く新星誕生だ。高卒2年目の川村昌弘(マクロミル)が上がり3ホールで3打差をひっくり返す大逆転劇で、ツアー初優勝を果たした。20歳3カ月4日での初優勝は国内ツアー史上5番目の年少記録。職人肌の多彩なショットで7バーディー、3ボギーの67で、通算9アンダー、275だった。この勝利でアジアンツアーのシードも獲得。「マー君」の愛称を持つ童顔のホープが世界に打って出る。 

 あどけなさの残る顔に似つかない底力だった。「1年目でシードを獲って、2年目で優勝。予選会を受けるかどうか悩んだ高3からすれば、信じられない早さ」と川村は自分でも驚きの表情だ。だが、終盤の勝負強さとハートの強さは、確かに石川、松山に次ぐ新星の誕生を予感させた。

 首位と3打差で迎えた17番パー3(230ヤード)。3Uを持った川村はピンしか見えてなかった。「ジュニア時代から緊張した場面は右から回した。その球には自信がある」。ドロー軌道のボールは、カップ奥3メートルへピタリ。大きく切れる下りスライスを流し込んで、バーディーを奪った。18番も3Uのドローがさく裂する。残り241ヤードを2オンさせ、2パットのバーディー。首位で終えた。1つ後ろの組で回るS・J・パクにプレッシャーをかけ、パクは入ればプレーオフとなる18番のパットを外した。ツアー史上5番目、日本人では石川、松山に次ぐ若さで優勝を手にした。

 石川のような爆発力、松山のようなダイナミックさはないが、子供の時から固めたスイングはぶれることはなく、多彩な球種を打ち分ける職人タイプ。高い弾道が特長で、硬いグリーンでより威力を発揮する。父・昌之さんの手ほどきで5歳でゴルフを始め魅力に取りつかれた。小学生の頃は熱心なあまり「子供でもプレーできるか自分でゴルフ場に問い合わせた」ほど。今季は5月に左手親指付け根痛を発症した後は予選落ちを繰り返した。治ると聞けば何でも試した。ミツバチの針を刺し、その毒で治す治療もその一つ。おっとりした物腰と裏腹にゴルフにささげる情熱は深い。

 四日市にある川村の自宅には1冊の写真集が大切にしまってある。12歳の誕生日。両親のプレゼントは名匠・井上誠一が設計したコースを収めた写真集だった。母・那緒美さんは「テレビゲームをあげても喜ばないし。でも、世界中のコースの設計に興味があったから絶対に喜ぶと思って」と苦笑いで振り返る。その中にあったのが、この茨木CC西C。初勝利にふさわしい舞台だった。

 優勝で15年までのアジアンツアーのシード権も手にした。目標は石川や松山と同じメジャー制覇。「全英か全米オープンで優勝したい。伝統がある大会なので」。マスターズを挙げないのが、川村らしい。このマイペースぶりが世界と戦う武器になる。

 ◆川村 昌弘(かわむら・まさひろ)1993年(平5)6月25日、三重県四日市市生まれの20歳。5歳からゴルフを始め、ほぼ独学で腕を上げる。福井工大福井3年時に日本ジュニアV。国際舞台も数多く経験。昨年は賞金ランク32位に入り、高卒1年目で賞金シードを獲得した。得意クラブはアイアン全般で、多彩なショットを放つ。1メートル72、72キロ。家族は父・昌之さん(47)、母・那緒美さん(47)。

 【勝者のクラブ】▼1W=タイトリスト・913D2(ロフト角7・5度、シャフトの長さ44・75、硬さX)▼3W=同913F▼2、3U=同913Hd▼4、5I=同714CBフォージド▼6I~PW=同714MBフォージド▼ウエッジ=同ボーケイ・スピンミルド(53度と60度)▼パター=スコッティキャメロン・ニューポート2▼ボール=タイトリスト・プロV1

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