【内田雅也の追球】日常の負けも受け入れる。岡田監督の、その度量が阪神の強みとなる

[ 2023年3月31日 08:00 ]

開幕を前に京セラドーム周辺では桜が見ごろを迎えていた(30日、大阪ドーム南公園)
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 開幕前日の公式練習だった。春の日差しに誘われ、早めに家を出た。京セラドーム大阪のプレスルームには署名欄がある。一番乗りだった。

 雨風に威力を発揮するドームだが、こんな日は屋根が恨めしい。練習開始まで1時間半、外に出た。道頓堀川の河畔や公園に桜が咲いていた。

 車で球場入りする阪神の首脳陣や選手は、この美しい光景を目にしただろうか。開幕前の緊張や興奮で桜どころではないかもしれないが、ぜひ目にとめてほしい。冬を越え、春夏秋と続く長いシーズンは、こんなに美しい桜とともに始まる。いつか、この光景が懐かしいと思える時が来る。

 監督・岡田彰布は「まあ、1年間、長いからいろんなことあるよ」と言った。阪神監督として15年ぶりに勝負の世界に身を投じた勝負師は努めて平常心を保っていた。

 作家・重松清が<プロ野球のペナントレースは長い。その長さが、いい>と書いている=『うちのパパが言うことには』(角川文庫)=。<勝敗が日常の一部になる。勝てば喜び、負ければ悔しがる。ごくあたりまえの感情の起伏が、シーズン中、あざなえる縄のごとく繰り返される>。

 ファンは一喜一憂でいいが、当事者はたまったものではない。厳しい世界である。だから、岡田は「やらなしょうがいないんやから。何か楽しみ持ってやった方がええやろ」と笑ってみせた。

 岡田自身は前回、阪神監督に就いた2004年と今では全く異なった心境でいる。前回は03年優勝チームを引き継いだ。勝って当然とみられる重圧は相当だった。今回は前年3位、優勝から18年遠ざかっているチームである。「前の時はある程度勝てるチーム。今回はそうじゃいない。作り直した部分もあるし、伸びしろが分からない選手もいる。未知の力というか、楽しみの方が勝ち負けよりも大きい」

 肩の力が抜けている。これが強みである。先の重松は<プロ野球は、負けることの許されるスポーツである>と書いた。昨季セ・リーグ優勝のヤクルトは勝率・576、パ・リーグのオリックスは・539。勝率5割台で優勝という激戦は、MLBやNBA、NFLや各国プロサッカーリーグではありえない。

 いまの岡田には負けも受け入れられる度量がある。これが強みとなる。球場までの車窓に映る桜も目にとどめていることだろう。=敬称略=(編集委員)

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2023年3月31日のニュース