盗塁成功率・820 巨人・鈴木“二盗流”の極意とは

[ 2014年5月28日 11:11 ]

飛ぶスライディングで盗塁数を積み上げてきた巨人・鈴木

 一芸を極めた男が巨人にいる。鈴木尚広外野手(36)は26日の日本ハム戦(東京ドーム)で代走で106盗塁というプロ野球新記録を樹立。4月29日のヤクルト戦(同)では史上72人目の200盗塁を達成し、一度も規定打席に達していない選手では史上初の快挙となった。強打者ぞろいの巨人の中で異色の存在。無名の高卒出身ながら快足を武器にプロ18年を迎え、巨人の生え抜きとして最も長く在籍している。原辰徳監督(55)に見いだされ、数多くの勝利をもたらした高度な盗塁技術に迫る。

 27・431メートル。プロで生きるため、鈴木が戦ってきた塁間の距離だ。4月に36歳を迎えた男は「若い時よりも速くなった」という。その言葉通り、最近、自らストップウオッチを持ち、リードした状態から塁間走を計測すると昨年よりも0・1秒速い2秒87になっていた。原監督も「(プロ入りした)18歳の時より速い。衰え知らず」とうなる快足。加えて高い走塁技術によって、200盗塁を記録した選手の中で歴代2位の盗塁成功率・820を誇っている。

 【飛ぶスライディング】普通の選手は2メートルほど前からスライディングを試みるが、鈴木は約1メートル前だ。「ベースのさらに先にもう1つベースがあるイメージ」。ベースを到着地点にしないことで失速せず、スピードを維持。さらに至近距離からのスライディングは「飛ぶように見えて守備する側も怖さがある」という。走る側も危険と背中合わせだ。ロッテの荻野貴は新人時代に至近距離から滑った結果、二塁ベースに右足を突き刺し、その衝撃で右膝を負傷して手術した。鈴木は塁間を毎回11歩で走る。距離感は体に染みついており「怖さを感じたことはない」とさらりと言ってのける。

 【脱力走法】極度の重圧がかかる場面でも鈴木の表情は柔らかい。笑っているようにさえ見える。その理由は力を最大限発揮できる「脱力状態」を心掛けているためだ。オフに昨季の映像を見返すと、歯を食いしばって走り「力むことで力をロスしていた」ことに気がついた。今季のテーマは「口を開けること」。無駄な力みを防ぎ、さらに余裕に見える姿が相手バッテリーにプレッシャーを与えている。

 【周辺視野】塁上では投手の細かい動きは注視しない。「集中して見ると、ガチガチに緊張してしまう。ボワ~ンと見る中で雰囲気をつかむ」。実際にグラウンドで投手の心情や間合いを肌で感じ、事前に得た情報と感覚をすり合わせていく。毎年、新しく球界に入った投手の映像を自宅でチェック。ベンチからも常に相手投手を観察して癖を探る。だがノートには書き留めない。特長を「暗記」するのではなく、自身の「感覚」を大切にしているからだ。

 【専用人工芝】ホームでは試合開始7時間前に球場入り。足湯に漬かり、ストレッチや体の軸をつくるトレーニングなどを行うのがルーティンだ。試合中は展開を見ながら、終盤の勝負どころでの代走に向けて3回あたりから準備する。東京ドームのベンチ裏通路には鈴木のために10年ごろから長さ約10メートルの人工芝が敷かれ、そこで短いダッシュを繰り返す。「勝利への大きな役割を任されている。結果を残すために淡々と同じことをやることが大事」。入念な準備が驚異的な盗塁成功率を支えている。

 【宮本武蔵】究極の目標は武士だ。筋力トレーニングはほとんど行わず、呼吸法や体幹を鍛えるトレーニングを日々行う。「体を自由に使えれば必要ない」との持論からだ。体の軸は縦の1本に加え、横にも3本あるという。軸をつくることで走っている時の体幹のブレをなくし地面に効率良く力を伝えている。「武士はやるかやられるかの世界。体を使いこなせなきゃやられる。目標は宮本武蔵だね」。戦国末期から江戸初期を生き抜いた剣豪。足のスペシャリストは、塁を盗むことに本気で命を懸けている。

 ▼巨人・片岡(07~10年のパ・リーグ盗塁王)単純に足の速さもそうですけど、何と言っても準備が凄い。毎日早くから球場に来て同じことを繰り返している。自分にはまねできない。

 ▼巨人・藤村(11年のセ・リーグ盗塁王)準備から結果まで全てが凄い。絶対に走ってくる、という状況下であれだけの成功率。なかなか近づけないですね。

 ▼巨人・大西外野守備走塁コーチ 攻撃の4番打者はたくさんいるけど、鈴木は「走者の4番」。日々たゆまぬ努力でスピードが衰えないようにカバーしている。あれだけ監督、コーチの期待に応えてくれる人はいない。頭が下がるよ。

 ▼中日・荒木(07年のセ・リーグ盗塁王)走塁に関してはピカイチ。スピードに乗るのが速いし、スライディングしてもスピードが落ちない。トップスピードで走っている時間が長いのが凄い。(そういう走塁は)僕が見た中では赤星さんか、鈴木ですよ。

 ▼楽天・聖沢(12年のパ・リーグ盗塁王)代走で盗塁を決めるのは本当に難しい。勇気もいる。ベンチにいる時から試合に出ている感覚を持って相手を観察し、気持ちの準備も怠っていないから、あれだけの成功率を残せているのだと思います。

 ▼ソフトバンク・本多(10、11年のパ・リーグ盗塁王)やはりスタートがいいですよね。代走で決めなければならない場面で起用され、そこで結果を残しているのは凄いと思います。

 ▼ロッテ・荻野貴(昨季パ・リーグ4位の26盗塁)トップスピードに到達するのが物凄く早い。トップスピードを維持したままスライディングができる。目指したいお手本のような盗塁ですね。

 ≪代走では最多≫鈴木は通算201盗塁、盗塁死44。成功率は.820で、通算200盗塁以上の選手では広瀬(南海)の.829に次ぎ2位。ここから13回連続で成功なら広瀬を抜いて1位になる。投手左右別では左投手が.840と、右投手.811よりも高い。また鈴木は通算975試合出場のうち697試合が途中出場で、代走は407試合。代走からの盗塁(その後の打席を除く)は106となり、藤瀬史朗(近鉄=通算117盗塁)の105を抜き最多。

 ◆鈴木 尚広(すずき・たかひろ)1978年(昭53)4月27日、福島県相馬市生まれの36歳。相馬では1年秋の東北大会8強が最高成績で甲子園出場はなし。高校通算打率・408。96年ドラフト4位で巨人に入団。08年にゴールデングラブ賞を獲得。昨季は代走を中心に80試合に出場し、打率・227、1打点、13盗塁。通算成績は975試合で打率・264、9本塁打、69打点、201盗塁。1メートル80、78キロ。右投げ両打ち。

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