静かに眠るNBAの出場最年長記録 74年間も破られない「レコードホルダー」の真実
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】ベーブ・ルースが投手として13勝を挙げ、95試合の出場で11本塁打を放ったのはレッドソックスに在籍していた1918年。1927年にヤンキースで60本塁打を放った彼にとっては取るに足らない記録だったかもしれない。
もし“未来”の人たちに論じ合ってほしい記録があったとするならハンク・アーロンに破られるまでメジャーに君臨した通算714本塁打だったはず。しかしエンゼルスの大谷翔平が15勝と34本塁打をマークしたことで、2ケタ勝利&2ケタ本塁打を達成することの難しさが改めて評価され、104年前にルースが残した古い記録にスポットライトが当てられた。
18日に開幕したNBAにも長い間“休眠状態”となっている記録がある。
それが出場最年長記録。今季のNBAでは、日本の田臥勇太(宇都宮ブレックス)と同じ1980年生まれのユドニス・ハズレム(ヒート)が42歳4カ月で20シーズン目を迎えているが、彼はその記録に少しずつ近づいている。ただしあくまで「少しずつ」である。
ハズレムの過去3シーズンの出場はわずか18試合。彼の役割はコート上でのプレーではなく、チームの精神的支柱のような存在になっているので、それならば今後もベンチに座る最後の選手して現役を続けることが可能なのかもしれない。
さらに同じく20シーズン目のレブロン・ジェームズ(レイカーズ)は12月30日で38歳。今季はカリーム・アブドゥルジャバー(元レイカーズほか)が保持している通算得点記録(3万8387)の更新がかかっているが、2024年にドラフト指名有資格者となる息子のブロニー(18=191センチ)とNBAでともにプレーするのは彼にとって大きな夢でもある。
指名即NBAデビューを息子が果たすなら、そのとき父は40歳。すでに多くの実績を残したのでどこまで現役を続けるのかはわからないが、31得点と14リバウンドを18日の開幕戦(対ウォリアーズ)でマークした彼の場合、肉体的にはまだまだやれる雰囲気を漂わせている。
さてハズレムとジェームズの前に立ちはだかっている?NBAの出場最年長記録に戻ろう。多くの記録がスター選手によって樹立されているが、この部門はかなり異質だ。
歴代6位はジェームズが狙っている最多得点記録の保持者、アブドゥルジャバーで42歳と6日。5位→4位→3位はディケンベ・ムトンボ(42歳300日)、ビンス・カーター(43歳45日)、ロバート・パリッシュ(43歳254日)といずれもかつてのスターたちが名を連ねている。
ホークスなど8チームで1984年から2007年まで現役を続けたセンター、ケビン・ウィリスのことを知っておられる方がいればかなりのNBA通かしれない。そして彼が最後にプレーしたのは44歳224日の出来事で、この記録が歴代2位となっている。
そして最年長記録は45歳363日。それは1948年1月28日に樹立されたもので、すでに74年も書き換えられていない。しかも選手の生まれた国にNBA記録を名乗る資格があるとすれば?これは米国ではなくオーストリアもしくはハンガリーにその権利があり、しかもそこには数奇な運命と悲しい結末が閉じ込められている。
NBAの出場最年長記録を保持しているのは1902年1月30日生まれのナット・ヒッキー(出生時の名前はニコラ・ザルネリッチ)。米国籍とは言え、生まれたのはアドリア海に浮かぶコルチュラ島で、現在はクロアチア領だが、当時は多他民族国家でハプスブルク家の「オーストリア・ハンガリー帝国」の一部だった。
ヒッキーはニューヨーク・マンハンタン島とハドソン川をはさんで対岸にあるニュージャージー州ホーボーケンの高校に進学しているが、コルチュラ島で生まれて米国に渡るまでの経緯はよくわからない。しかしそこからは大谷とは違った形での“二刀流”選手となり、まだNBAが誕生していなかった1920年代から40年代にかけて米国のバスケのプロリーグ(ABLやNBLなど)でプレーしただけでなく、夏の間は野球のマイナーの選手として活躍していた。
野球のマイナーでは1555試合に出場して打率・306という成績を残しているのでなかなかの巧打者だった。バスケでは180センチのガード。ただしあまり集約されていない個人成績を見る限り、得点を重ねる選手ではなかったようだ。
NBAがBAAとして誕生したのは1946年。だから本来であればヒッキーはNBA記録とは無縁だった。ところがBAA2シーズン目となった1947年、それまでの実績を評価されてBAAに所属していたプロビデンス・スティームローラーズ(継承する現在のチームはなし)の監督になったところから運命が激変していく。
監督としての成績は4勝25敗。選手の補強もままならなかったスティームローラーズ(シーズン全体では6勝42敗)はBAA(全8チーム)の中で唯一の弱小球団だった(他の7チームはすべて20勝以上)。その恵まれない環境と、現在とは違って人事に強力な権限があった監督というポストが予想もしなかったNBA記録を生む要因となる。
1948年1月27日。46歳の誕生日の3日前になってヒッキーはなんと自分自身を選手として登録してしまったのだ。その日のセントルイス・ボンバーズ戦に出場してフィールドゴールは6回すべて失敗したものの、フリースローを2本決めて2得点を記録している。翌日のニューヨーク・ニックス戦にも出場。得点はなかったが彼は現在NBAと呼ばれるリーグで2試合だけ出場したのである。そしてニックス戦時の年齢が45歳と363日。13勝と11本塁打のベーブ・ルース同様、ヒッキーにもまさかそれが長期にわたって残る記録とは思わなかっただろうが、NBAの出場最年長記録はこうやって生まれ、依然としてレコードブックに刻まれ続けている。
ヒッキーに悲劇が襲ったのは1951年1月11日。すでにNBAの舞台からは去り、別組織のABLに所属していたジョンズタウン・クリッパーズ(ペンシルベニア州)の指揮官を務めていたときの出来事だった。
再び監督を務めていたヒッキーはウエスト・バージニア州ウィーリングでの試合を終えてジョンズタウンに戻ろうとしていた。当時のプロバスケのチームでは、たとえNBAの選手であっても移動の手はずは自分でしなくてはならず、レイカーズでは50年代まで東部遠征時に選手が列車のチケットを自分で購入していたという逸話が残っている。
クリッパーズの移動手段は日本でいうところのマイクロバスのような車両だったようで、監督は運転手を兼任。しかしヒッキーは帰路、ハイウェーで交通事故を引き起こし、自身の命は助かったものの、チームの大黒柱だった24歳のジョージ・カマーコビッチという選手が命を落としてしまった。
責任を感じたのかヒッキーは以後、バスケ界を離れ、戻ってくることはなかった。NBAの出場最年長記録が21世紀になっても残っていることを知らず、1979年9月16日に77歳で他界。74年間にわたって誰もその記録を書き換えるためのカウントダウンに入っていないので、忘れ去られたような存在になった。
ベーブ・ルースの思惑外の?記録は、大谷が104年の歳月を経て新たな命を吹き込んだ感がある。だからヒッキーの記録も誰かに書き換えてほしいと願う。たった2試合しか出場せず、1本のフィールドゴールも決めていない選手が、名だたる実力派の選手たちの上に立っているのは、天国にいても居心地のいいものではないはずだ。
NBAで孤立している出場最年長記録。ハズレムでもジェームズでも他の誰かでもかまわない。そろそろヒッキーの肩から、長年抱えている重荷を降ろさせてやりたいと思う。さてNBAのこの部門で“オオタニサン”のような記録破りの選手はいつになれば現れるのだろうか?
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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