八村「ありがとうコービー」 “悲運の死”NBAスーパーヒーローへ追悼ツイート

[ 2020年1月29日 05:30 ]

09年2月、ダンクシュートを決めるレーカーズのブライアント氏(AP)
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 NBAウィザーズの八村塁(21)が27日に自身のツイッターを更新し、26日にヘリコプター事故の犠牲となったコービー・ブライアント氏(享年41)を追悼するメッセージをアップした。バスケットボールを始めた中学時代からの憧れの存在で、ゴンザガ大時代の2017年に対面。選手としてだけでなく、人間としての心構えなどを教わったヒーローとの別れを惜しんだ。

 ツイートは日本語で333文字。1本140文字の上限を上回ったため、八村は3本に分けてブライアント氏への思いをつづった。バスケットボールを始めた富山・奥田中時代からの憧れの存在。当時はレーカーズで5度目の優勝を飾っており、NBAマニアの同級生が用意した試合の映像を食い入るように見つめた記憶がある。「僕はこの事件を聞いてすごくショックを受けました。ほんとに信じられません。言葉が出ません」との書き出しがショックの大きさを物語った。

 唯一の対面は17年3月、大学1年で出場した全米大学選手権の「ファイナル4」の時だった。ブライアント氏からチーム全員がシューズをもらった。さらに「マンバメンタリティとは何か、バスケットボール選手以前に人とはどういうべきである人なのかと、いろいろな話しをしてくれました」と回想する。

 勝負強さが際立ったブライアント氏は毒蛇になぞらえ「ブラックマンバ」の愛称を持つ。“マンバメンタリティ”は20年間の現役生活で示した競技に取り組む姿勢や考え方。何事に対しても成長のために努力を惜しまない生き方で、多くの選手に影響を与えた。当時の八村は控えの立場だったが、翌年はシックスマン、2年後は主力で活躍。3年前の“訓示”が飛躍のきっかけとなり、日本人初のNBAドラフト1巡目指名を勝ち取った。

 その後は会うことはなかったが、日本が13年ぶりに出場した昨夏のW杯の組み合わせ抽選会でドロワーを務めたのがブライアント氏だった。日本はトルコ、チェコ、米国と同居する厳しい組に入り惨敗。八村も思うようなプレーができず、屈辱をバネに奮起した。ウィザーズでは新人ながらリーグ開幕から先発で活躍。たった1度の出会いだが、受けた影響は計り知れず「彼はただのバスケットボール選手ではなくそれ以上の存在でした。ありがとうコービー」と感謝した。

《八村の追悼ツイート》
僕はこの事件を聞いてすごくショックを受けました。
ほんとに信じられません。
言葉が出ません。
コービーは僕にとってもヒーローで、
小さい頃からよく見ていました。
僕は彼に一度だけ会ったことがありました。

3年前のFinal4の時に、
チームへのサプライズということで選手1人ずつに
本人から特別なシューズをプレゼントしてくれました。
それだけではなく、マンバメンタリティとは何か、
バスケットボール選手以前に
人とはどういうべきである人なのかと、
いろいろな話しをしてくれました。

彼はただのバスケットボール選手ではなく
それ以上の存在でした。
今回このような事故になったのは
ほんとに悲しいです。
彼のご家族、
そして今回の事故に遭われてしまった
ご家族の方にご冥福をお祈りします。
ありがとうコービー。

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