マスターズ優勝の松山英樹 18番のティーショットに秘められたドラマ

[ 2021年4月17日 10:30 ]

マスターズ最終日、18番でティーショットを見つめる松山英樹(AP)
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 【福永稔彦のアンプレアブル】マスターズ最終日、松山英樹は2打差の単独首位で18番のティーイングエリアに立った。

 ドライバーを握り力強く振り抜くと、打球は高く舞い上がり、少しだけ右に曲がりながらフェアウェーに落ちた。完ぺきなティーショットだった。松山は素早くティーを拾い上げ笑みを浮かべた。

 この1打を、特別な思いで見守っていた人物がいた。住友ゴム工業のクラブ担当・宮野敏一さん(40)だ。

 開幕前日の7日までオーガスタに滞在しクラブの調整を行っていたが、一足先に帰国。最終日は自宅でテレビ観戦していた。

 「17番と18番、2発のドライバーが思い通りの2発だった。あれが打てたのが本当にうれしかった」。宮野さんはそう振り返った。

 松山とはライバル社でクラブ担当をしていた5年前に出会った。昨年、住友ゴム工業に転職。ツアーにも同行するようになった。

 世界のトップを目指す松山はクラブに対しても妥協しない。住友ゴム工業と用具使用契約を結んでいるが、他社のドライバーを使っていた時期がある。

 「プロはみんな飛んで曲がらないドライバーを求める。でも松山くんはアイアンみたいにコントロールできるものを求める」と宮野さんは証言する。

 スピンの少ないタイプのドライバーなら「今でもキャリーで320ヤード打てる」(宮野さん)能力があるというが、飛距離を犠牲にしてでも操作性を優先し、しっかりスピンが入りアイアンと同じ感覚で打てるドライバーを探していた。

 エースドライバーを住友ゴム工業製に戻したのは昨年8月のBMW選手権。「スリクソンZX5」は手になじんだようで、今年もキャディーバッグに入れ続けている。

 そのドライバーに細かな調整を加えて仕上げるのが宮野さんの仕事だ。ヘッドに鉛を張りバランスを整える。松山は見た目にもこだわる。「丸いヘッドの中に、アイアンみたいなシャープさが欲しい」(宮野さん)という。その希望に応えるため、髪の毛1本ほどの違いを求めて、黒いヘッドにシルバーのペンで陰影を作る。そんな作業を毎週、毎日繰り返していた。

 マスターズの週、焦点となったのが、いずれもパー4の17番と18番のティーショットだった。17番はほぼストレートだが、ドローで飛ばしたい。右ドッグレッグでフェアウェー左サイドにバンカーがある18番はフェードを打ちたい。

 クラブ担当にしてみれば相反する要求だが、松山が思い通りに球を操ることができるように試行錯誤した。

 しかし18番では、なかなか理想の球を打つことができなかった。開幕2日前の練習ラウンドでは左に飛んだ。本番でも初日は左のバンカー、2日目はバンカーよりさらに左のラフ、そして3日目もバンカーへ。全て左に引っかけていた。

 「打ちたかった球が打てないまま土曜日まで行った。何回かの失敗があって、あの緊張の中で、あのショットを打ってくれた。あの一発は感動ものの一発だった」。宮野さんは興奮気味に語った。

 1打差で逃げ切った松山は記者会見で「18番のティーショットがフェアウエーに行ったことがキーポイントだと思う」とコメントした。松山自身にとっても、あの1打が重要な意味を持っていたことは間違いない。

 競技終了後、表彰式の合間に宮野さんの携帯電話が鳴った。「このドライバーで良かったです。ありがとうございました」。マスターズチャンピオンの声が聞こえた。(スポーツ部専門委員)  

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2021年4月17日のニュース