日本ハム・伊藤「沢村賞を獲りたい。ファイターズで優勝したい」、母校訪問で誓う

[ 2021年12月22日 05:30 ]

鹿部小で児童と記念撮影した日本ハム・伊藤大海
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 日本ハム・伊藤大海投手(24)が生まれ育った北海道鹿部町に帰省し、21日に母校の鹿部小、鹿部中を訪問した。鹿部小151人、鹿部中88人。かわいい後輩たちの輝く目が全て自分に向けられていることを、伊藤は壇上から感じた。「それだけのことを今年一年、してきたんだなと思った」。シーズン10勝、そして侍ジャパンでの東京五輪金メダル。胸を張っての凱旋となった。

 通学当時と変わらない雰囲気の校舎。トークショーでは、たくさんの記憶をよみがえらせた。小学校では「体が小さくて、大きい子にいたずらばかりしていた」。学芸会は「人前で話すのが得意じゃなかったので脇役」だったというが、運動会になると俊足を見せた。中学校では球技大会が良き思い出だ。

 そんな学校生活の中で大きく育てたものがある。夢だ。「プロ野球選手になりたくて」小2でチームに入った。「客観的に見た時、僕は力も弱く、プロになれるような選手じゃなかった。チームに体がでかくて凄いやつがいて…。でも、プロになりたい思いはそいつよりずっとあると思っていた」。小学校の卒業文集には将来の夢を「メジャーリーガー」とつづり、中学でもひたむきに進んだ。

 質問コーナーで柔道をやっているという小6児童に「五輪に出るにはどうしたらいいですか?」と聞かれると「目標や夢を一日でも忘れないこと。なりたい自分に、一日に少しでもいいから近づいていくこと」と答えた。中学でも同様に生徒たちに教えた。自分が町出身の盛田幸妃さん(元横浜、近鉄投手)に影響されたように、「今の子供のきっかけになってくれれば」と温かく語り掛けた。

 お手本になるかのように、壇上で自分の目標も掲げた。「沢村賞を獲りたい。そのためにファイターズで優勝したい」。パ新人特別賞を受賞した15日のNPBアワーズでオリックス・山本の表彰ラッシュを見て「正直悔しかった。もっともっとできる部分が僕にはある」と感じたという。鹿部での誓いから伊藤が2年目へ走りだす。(和田 裕司)

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2021年12月22日のニュース