メダリストになった高木美帆…8年前、札幌Dで笑った少女が遂げた変貌

[ 2018年2月19日 10:30 ]

2010年3月、日本ハム(当時)のダルビッシュと握手する高木美帆
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 プロ野球を取材していると、野球選手以外を取材することも珍しくない。8年前、高校入学を控える女子中学生の話を聞いた。ショートカットで「サッカーが得意だ」と言っていた。

 トレーニングで下半身を鍛えているのだろう。ゆったりとしたジーンズを履いていた印象が残っている。2010年バンクーバー五輪スピードスケート代表に出場したスーパー中学生の高木美帆だった。

 日本ハム―ソフトバンク戦(札幌ドーム)の5回終了後にダルビッシュからプレゼントされたグラブをはめて、「ハーフタイムピッチ」としてボールを投げた。試合前にはダルビッシュ、稲葉とも談笑。「五輪より緊張した」。そう笑った姿は、どこにでもいる中学生だった。

 この日の日本ハムは16点を奪って大勝した。指揮を執った梨田監督にとっては、監督通算500勝のメモリアルゲームで、勝ち投手になった木田も日米通算70勝の節目だった。梨田監督は高木美を「勝利の女神」と言って喜んでいた。

 平昌のリンクを滑る高木は、あの頃のイメージと違った。15歳の少女はどこかふっくらとした印象を持ったが、強靱な体を保ちながらも驚くほど引き締まった23歳のアスリートに変貌していた。一瞬見ただけで努力の跡が分かるだけに、1000メートルと1500メートルでメダルを獲得したときは思わず声が出てしまった。

 8年前、日本ハムを指揮した梨田監督は今楽天で采配を振っている。ベテランだった稲葉は、2020年東京五輪を目指す侍ジャパンの監督に就任した。ダルビッシュはメジャーリーガーとなり、当時41歳だった木田は日本ハムGM補佐として活躍している。

 時間とともにそれぞれの立場は変わったが、あのとき身近で接した人たちは誰もが、高木美のメダル獲得を喜んだはずだ。女子チームパシュートでは金メダルを獲って、今年も始球式を行う姿を見てみたい。(記者コラム・横市 勇)

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