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ハルク・ホーガンさん死去 71歳 藤波辰爾が追悼「今頃天国で猪木さんと試合をしているのでは」

[ 2025年7月26日 04:00 ]

ハルク・ホーガンさん(06年撮影・AP)
Photo By AP

 「イチバァーン!」などのパフォーマンスで日本でも人気があったプロレスラーのハルク・ホーガン(本名テリー・ボレア)さんが24日、米フロリダ州で死去した。71歳。自宅で心臓発作を起こし、搬送先の病院で死亡が確認された。1980年代に新日本プロレスの人気レスラーとなり、故アントニオ猪木さんのライバルとして熱戦を繰り広げた不世出のレスラーを同い年で戦友の藤波辰爾(71)が追悼した。

 ホーガンさんはフロリダ州の自宅から心停止状態で搬送され、24日午前11時17分に病院で死亡が確認された。現地メディアは死因を「心臓停止」と報じている。警察によると、事件性はない。5月に新たなレスリングリーグの立ち上げを発表。一方で同月に首の手術を受けており、術後の合併症で健康状態が心配されていた。

 その訃報の衝撃は、世界中のプロレスファンに広がった。猪木さんの愛弟子である藤波も本紙の取材に「信じられない」と言葉を詰まらせ、同い年の戦友への思いを語った。

 ホーガンさんの来日は、猪木さんがきっかけだった。79年、米ニューヨークでのホーガンさんの試合を猪木さんら新日本プロレスの幹部が観戦。力任せの粗削りなスタイルながら体の柔軟性などの素質が見込まれ、80年に初来日。藤波は「ただデカいだけだと思っていた」と振り返った。

 それからの成長は努力のたまものだった。毎日スパーリングをこなし、自らの試合のビデオを見て研究した。猪木さんとは82、83年にMSGタッグ・リーグ戦でタッグを組み連覇。共闘しながら猪木さんの関節技やグラウンドテクニックなどを学び、自身の戦いに生かす。“猪木イズム”を吸収した。藤波も何度かタッグを組み、シングルマッチでも対戦。「試合をするたびに力の使い方がうまくなるし、威力も凄い。何度も苦しめられました」と苦笑いを浮かべた。

 そんな中、日本プロレス史上に残る事件を起こした。83年6月2日、蔵前国技館で猪木さんと決勝を戦った「第1回IWGP」だ。必殺技アックスボンバーを食らわせ、猪木さんは舌を出して失神KOされた。藤波は海外遠征中だったが、「下馬評を覆しての勝利。結果には衝撃を受けた」と振り返った。

 IWGPは猪木さんの「世界最強の男を決める」という考えの下で始まった。初代王者の実績に加え、「イチバァーン!」と雄叫びを上げて観客を奮い立たせるホーガンさんの、なんと華のあることか。「“世界最強の男”という称号がよく似合う男でした」。

 メキメキと成長を遂げ、米国でもスターとなったホーガンさん。その活躍を猪木さんは「いい選手に育ったな」と見守っていたという。藤波は「自分が育てたと思っているのかも。今頃天国で、猪木さんと試合してるんじゃないでしょうか」と空を見上げた。

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