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スーパーフェザー級で戦うということ――内山と三浦、引退

2013年年間表彰式で握手を交わす内山高志(左)と三浦隆司
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 【中出健太郎の血まみれ生活】プロボクシングのスーパーフェザー級は体重のリミットが130ポンド(58・9キロ)。ライト級とフェザー級の間にあり、アマチュアボクシングにはない階級だ。全17階級のうち軽い方から数えて8番目にあたる中軽量級で、世界の選手層は決して薄くない。体格的にアジア人の比率が高い軽量級に比べ、欧州を含む各大陸に世界ランカーがいる。

 この階級で世界王者になった日本人は過去8人いる。ジュニアライト級と呼ばれた時代には世界戦で沼田義明―小林弘の日本人対決が行われ、柴田国明と上原康恒は海外王座獲得に成功した。だが、国内でスーパーフェザー級という呼称に変わった1998年にWBA王座を奪取した畑山隆則は、世界戦で一度も楽な戦いはできなかった。崔龍洙(チェ・ヨンス=韓国)と2度接戦を繰り広げた末に王座を獲得も、初防衛戦はサウル・デュラン(メキシコ)と引き分け、次戦のラクバ・シン(モンゴル)には5回TKO負け。日本人が簡単には勝てない階級だと痛感した記憶がある。

 そのスーパーフェザー級で、日本が誇る世界王者が相次いで引退を表明した。ともにハードパンチャーで、日本人でもこの階級で通用することを証明してくれた2人だ。WBA王座を11度防衛した内山高志は左ジャブを主体に理詰めの攻撃で相手を削り、最後はリングサイドに“嫌な音”が響くほどエグい一撃で仕留めた。WBC王座を4度防衛した三浦隆司は泥臭く激しい打撃戦に相手を引きずり込み、マサカリでなぎ払うような豪打を決めた。風格を漂わせながらも常に誠実な対応をする内山、口数は多くないが真面目でひたむきな三浦は、記者からも愛されていた。

 内山は熱望していた米国のリングには立てなかったものの、日本人で初めてスーパー王者に認定され、一時はパウンド・フォー・パウンド(PFP、全階級を通じての最強ランキング)入りも果たした。三浦は敵地メキシコで初防衛に成功したほかラスベガスなど米国で激闘を演じ、王座から陥落したフランシスコ・バルガス(メキシコ)戦が年間最高試合に選ばれるなど本場で評価を受けた。内山に三浦が挑戦した11年1月の対決は手負いの内山がジャブだけで完勝したが、三浦が戴冠後に希望した王座統一戦が実現していれば、伝説級の名勝負になっていたかもしれない。

 その2人が現役を退き(三浦の引退は海外でも惜しむ声が多い)、スーパーフェザー級の世界王座は日本人にとってまたも遠いものとなった。WBO王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)とIBF王者ジェルボンテ・デービス(米国)は手が届くレベルの選手ではない。WBC王者ミゲル・ベルチェルト(メキシコ)はバルガスを倒した連打に加えて三浦戦ではフットワークを使った戦いも披露し、攻略する難しさを感じさせた。WBA王者ジェスレル・コラレス(パナマ)は隙が多くスタミナもないが、内山を破ったスピードとカウンターは侮れず、巧みなクリンチワークなど戦いにくさは一番だ。

 現在、スーパーフェザー級で世界ランキングに入っている選手は日本王者・尾川堅一(帝拳)、東洋太平洋王者・伊藤雅雪(伴流)、日本ランク1位の末吉大(帝拳)の3人。彼らの中から内山と三浦に続く王者は現れるのか。軽量級と異なるのは、日本人にチャンスは簡単には訪れないということだ。 (専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう) 2月に50代へ突入。スポニチ入社後はラグビー、サッカー、ボクシング、陸上などを担当。98年9月に畑山が世界王座を奪取した際は、青森の実家へ電話して取材するように後輩の記者に指令。後輩記者が青森出身だったことが功を奏し、青森なまりがかなり強い祖母の言葉を聞き取って記事にできた。翌日、新聞を読んだ畑山から「恥ずかしいですよ」と抗議を受けたのを覚えている。

[ 2017年8月6日 10:00 ]

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