×

やはり長谷川穂積の試合はテレビ観戦が面白かった件

[ 2016年12月21日 08:30 ]

ルイス戦の9回、血まみれになりながらパンチを繰り出す長谷川
Photo By スポニチ

 【中出健太郎の血まみれ生活】最初にボクシングを担当した頃、上司から「おまえはリカルド・ロペスみたいなボクサーが好きだろ?」と言われたことがある。最軽量級の頂点に君臨し続け、アマ・プロ通じ92戦無敗で引退したメキシコのレジェンド。精密機械と呼ばれた理詰めのスタイルを、理屈っぽい原稿を書く記者が好むと思ったらしい。

 現場で取材したり生で観戦するのなら、常にKOの可能性を秘めるパンチャーを応援したい。だが、テレビ観戦する分には、相手に触れさせないようなディフェンス技術を持つ選手が好きだったりする。かつては4階級制覇王者パーネル・ウィテカー(米国)の試合に魅せられた。パンチをブロックするディフェンスなら音が分かる生観戦の方が向いているが、紙一重の距離でかわすディフェンスを堪能するには、視野に死角がないテレビの方が分かりやすい。

 先日引退を表明した3階級制覇王者・長谷川穂積(真正)も、その一人だった。東京が取材現場の記者は大阪のボクシング担当のような付き合いがなく、思い入れも強くない。だからこそ、テレビで「当てさせないボクシング」をファン目線で楽しんでいた。身体能力を生かした黒人選手のディフェンスとは違い、相手の動きを先読みするセンスと鍛えられたフットワークがつくり出す距離感が何とも絶妙だった。

 バンタム級6度目の防衛戦から試合序盤でのKOが増えた。長年、長谷川の試合をテレビ解説してきた帝拳ジムの浜田剛史代表は「ウィラポンからタイトルを獲って注目されたのに、負けないボクシングをしていたことで視聴率の数字も落ちていた。日本のボクシング界を引っ張る自分の立場が分かって、お客さんが納得するようなボクシングに変わってきた」と言う。元々タイミング良くカウンターを決めていたのが、さらに隙を見逃さず積極的にKOを狙っていくことで「日本のエース」の地位を固めた部分はある。ただ、試合が終わるのが早すぎて中継テレビ局は逆に困っただろうし、個人的にもむしろ本来の見せ場が減ってしまったと感じていた。

 現役最後となった9月16日のウーゴ・ルイス(メキシコ)戦。山中慎介(帝拳)の取材を担当した記者はリングサイドの記者席ではなく、控室のモニターで長谷川の試合を見ていた。まともに食らえば終わってしまうルイスの強打に何度も声を上げたが、単調な攻撃を次々とかわす動きを見ていると、かつてのように気分が高揚してくるのが分かった。9回、絶対にやってはいけないはずのロープを背にした打ち合いに応じた場面だけは、リングサイドにいたかったと思ったが。

 当日、地上波テレビ生中継は山中の試合だけ。引退表明を聞き、最後の試合を“リアルタイムでテレビ観戦”できた幸運に感謝しながら、これだけ画面を凝視させられるボクサーは今後出てこないのでは、との寂しさに襲われた。(専門委員)

 ◆中出 健太郎(なかで・けんたろう)1967年2月、千葉県生まれ。中・高は軟式テニス部。早大卒、90年入社。ラグビーはトータルで10年、他にサッカー、ボクシング、陸上、スキー、外電などを担当。16年に16年ぶりにボクシング担当に復帰。リングサイド最前列の記者席でボクサーの血しぶきを浴びる日々。

続きを表示

2016年12月21日のニュース