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井上、最速2階級制覇の裏側(1)「足が死にそう」に陣営パニック

[ 2015年1月28日 11:07 ]

圧倒的な強さを見せた井上だが、裏ではアクシデントに見舞われていた

 「怪物」が2014年のボクシング界を席巻した。井上尚弥(21=大橋)は昨年4月6日のWBC世界ライトフライ級タイトルマッチで6回TKO勝ちし、日本人最速プロ6戦目で世界王座に就いた。12月30日にはWBO世界スーパーフライ級王座も奪取し、2階級制覇を成し遂げた天才ボクサーには隠されたドラマがあった。最初の世界タイトルを手に入れた一戦で予期せぬアクシデントに見舞われていた。

 4回を終えてコーナーに帰ってきた井上の一言にセコンド陣は慌てた。「足が死にそう」。井上の左太腿裏はいつけいれんが始まってもおかしくない状態だった。大橋秀行会長(49)は「大丈夫か」と声を掛けることしかできない。トレーナーの父・真吾さん(43)は「気合だぞ」と鼓舞するだけだ。陣営はパニックに陥っていた。この時、会場やお茶の間のファンは井上がアクシデントに見舞われていることを知らなかった。4回終了時の公開採点ではジャッジ3人全員が40―36で井上を支持していた。

 「打たせずに打つ」。これが井上の求めるスタイルだ。序盤はその理想を完璧にリングの上で表現した。ワンツーから左ボディーフック、さらに左右のアッパーを織り交ぜた多彩なコンビネーションブローが王者の顔面や腹部を的確に捉えた。本来接近戦が得意で前に出てくるタイプのエルナンデスにプレッシャーをかけて、逆に下がらせた。相手がむきになって攻めてくれば、軽快なステップと柔らかい上体の身のこなしでさらりとかわす。何もさせてもらえない王者は2回を終えると、首をひねってコーナーに下がった。

 試合前、リングに向かう井上は笑みさえ浮かべていた。「僕は勝って当たり前の試合では硬くなる。今回は挑戦者の気持ちで臨めた」。アマ時代、五輪出場こそかなわなかったが、高校生初の7冠を獲得した。プロ転向時から常に注目を集め、勝利を義務づけられてきた男にとって、4度防衛の世界王者は、プロになって、初めて文字通り挑戦者として思い切りぶつかっていける相手だった。

 余計な重圧から解放された21歳の若武者は2回まで圧倒的なパフォーマンスを見せた。「このままなら普通に倒せる」。脳裏には早い回のKO決着も浮かんだ。3回に入ると、さらに攻勢を強め、ロープ際に王者を追い込んでいく。そして強烈な右ストレートで相手の左目上を切り裂き、出血させた。試合はどこまでも井上ペースに進んでいるように見えた。

 だが、この時傷んでいたのはエルナンデスだけではなかった。ステップを踏んだ際、井上は左足の太腿裏が急に重く感じられた。最初は「何だろう」という小さな違和感だったが、4回に入ると左足は悲鳴を上げた。力を入れることができなくなった。

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2015年1月28日のニュース