中畑清氏 初めて「ミスター」と呼べたのは引退後 「心臓が止まるぐらい感動し、喜んだ」

[ 2025年6月9日 05:20 ]

長嶋茂雄さん告別式

巨人地獄の伊東キャンプで猛ノックを受ける中畑清
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 訃報を受けた3日は涙で言葉を詰まらせていた中畑清氏の手に弔辞の用紙はなかった。ずっと長嶋さんの遺影を見ながら愛弟子として「監督、親父さん、そしてミスター」と状況によって変えた呼び方で語りかけた。

 長嶋監督の下で鍛えられた79年秋の「地獄の伊東キャンプ」の記憶が「こんなに練習してたよな」とよみがえった。個人ノックは「野球人生で最高の思い出です。夢の時間」。絶対に捕れない距離にノックを打たれ「この下手くそ」と言い返したのも今は思い出だ。「宝物。熱中して、ケンカ。命懸けの戦い。命懸けで教えてくれた。育ててくれた」。捕球した球を長嶋さん目当てに投げ返すと「ヒョー、ヒョー」と叫んでよけながら踊ってくれた姿を「可愛いんですよ」と笑った。初めて「ミスター」と呼べたのは引退後。「一度でいいから呼びたかった。心臓が止まるぐらい感動し、喜んだ」という。

 04年アテネ五輪では脳梗塞で倒れた長嶋さんに代わり日本代表の代行監督も務めた。「楽しい思い出ばっかりが出てくる。やっぱり太陽の人だったんだな。万人にこれほど幸せと笑顔と光を授けた人はいない。本当の神様なんじゃないですかね。その人との別れはやっぱりつらいです」とかみしめた。

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