多くの人に勇気与えた阪神・原口文仁の「前向きに治療していく」姿勢 がん闘病に寄り添った森山医師が語る

[ 2025年10月3日 01:15 ]

セ・リーグ   阪神6-2ヤクルト ( 2025年10月2日    甲子園 )

<阪神 原口関連>大阪府済生会 中津病院 院長補佐 森山明宏氏
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 今季限りで現役を引退する阪神・原口に、1軍デビュー時の監督だった金本知憲氏(57=本紙評論家)と、がんとの闘病時に寄り添い続けた大阪府済生会中津病院の森山明宏院長補佐(60)が、ねぎらいのメッセージを寄せた。

 「どうも疲れが取れない…」。そう体調の相談を受けたのが、最初でした。プロアスリートゆえの蓄積疲労も考えられました。ただ、こちらもプロとして念には念をということで、便潜血検査を含む一般的な検査を実施しました。

 そこで便潜血検査に陽性反応があり、いわゆる血便が確認されました。当時まだ年齢も若かったため、痔の影響なども考えられましたが、さらに念のため行った大腸ファイバー(大腸カメラ)で、直腸に大きな腫瘍があることが判明しました。直ちに外科部長に相談し、手術の可能性を確認。画像診断などの詳しい検査の結果、大腸がんのステージ3bであることが確定したのです。

 ステージ3bは非常に進行した段階です。当時、原口選手のお子さまも幼く、正直“野球どころではないか”という思いがありました。とにかく本人には「すぐに手術をしてほしい」とだけ伝えました。彼は「2月1日からの春季キャンプに間に合わせたい。1月中に手術を終えたい」と希望し、即座に手術を決断しました。しかし、実際に手術をしてみないと分からないことも多くありました。

 腹腔(ふくくう)鏡手術でしたが、縫合が困難な場合は開腹手術に切り替える可能性もありました。今だから言えますが、人工肛門になる可能性もゼロではありませんでした。これは選手生命に直結する問題です。幸い手術は無事に成功し、人工肛門も回避。術後にもかかわらず、ベッドで私と話しながら腕のトレーニングをしていた姿には驚かされました。

 ステージ3bであれば抗がん剤治療も必要となります。それでも彼は「先生の言うことならば」と、抗がん剤を服用してくれました。野球を続けながらの抗がん剤治療は、本当に大変だったと思います。手術、抗がん剤治療、そして復帰への焦り、再発の不安など、さまざまな感情があったことでしょう。それでも彼は、私の前で一切不安を表に出さず、弱音も吐きませんでした。

 早期復帰を目指すために、抗がん剤は内服薬を選択しました。その精神力と「絶対に野球をやるんだ」という強い思いを痛感しました。がんを克服して恩返ししたいという一心で、全てを懸けていました。これは並大抵のことではありません。私は日々、患者さんと向き合っていますが、もし自分が当事者となった時に原口選手のように前向きに、耐え忍んでいけるだろうかと自問します。彼には本当に多くのことを教えられました。

 引退と聞いて、寂しい思いと同時に、少しホッとした気持ちが交錯しています。「前向きに治療をしていく」という彼の姿勢は、多くの人に勇気を与えました。プロ野球選手としてのキャリアは終えますが、今後は元プロ野球選手として、そしてがん患者さんたちに大きな希望や勇気を与える“二刀流”として活動してほしいと願っています。彼にはその使命があり、それは彼にしかできないことだと確信しています。(大阪府済生会中津病院院長補佐・森山 明宏)

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