記録で見る田中将大 200勝達成時の勝率歴代10位 日米通算ではダルを上回る歴代最高

[ 2025年10月1日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人4-2中日 ( 2025年9月30日    東京D )

<巨・中>日米通算200勝を達成し、会見する田中将
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 766日――。23年8月26日のソフトバンク戦で日米通算197勝目を挙げてから、最後の3勝に要した日数だ。13年の24勝など、プロ入りから快調に白星を重ねたが、最後の3勝は特に苦しんだ。

 ドラフト制以降に入団した選手では、80年堀内恒夫(巨)の387日を大きく更新した。それ以前を含めた歴代でも2番目の難産で、最長である46年スタルヒン(パシフィック)の930日は第2次世界大戦の影響を1年半以上受けたもの。田中将に次ぐ3番目の748日の55年藤本英雄(巨)は指の故障で最後の2シーズンは6試合の登板(2勝)にとどまった。田中将は23年10月の右肘クリーニング手術後、パフォーマンスを取り戻すのに長い年月を要した。

 勝率.629は、200勝到達時ではスタルヒンの.766を筆頭に歴代10番目で、ドラフト制以降では82年山田久志(阪急)の.649、04年工藤公康(巨)の.633に次ぐ3位となる。日米通算では24年ダルビッシュ(パドレス)の.617を上回り歴代最高だ。大量失点しても援護で黒星を消す試合もあり、楽天時代の野村克也監督は「マー君、神の子、不思議な子」と口にした。

 楽天復帰した21年までは、日米14年間でシーズン負け越しなし。それが復帰後は5年連続負け越しで23勝37敗での到達となった。復帰時点で177勝81敗の勝率.686だった。仮にその勝率ペースを持続できていれば23勝11敗で200勝に達し、歴代でもスタルヒン、62年稲尾和久(西鉄)の.735、藤本の.697に次ぐ歴代4位で、2桁敗戦での大台も期待させたが、最後に苦しんだ。日米通算200勝の4投手での比較では、603四球と四球の少なさが際立つ。次ぐ黒田博樹が796四球で制球力の高さがのぞく。10敬遠もダルビッシュと並び最少だ。

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