田淵幸一氏 巨人の選手は長嶋さんの命日6月3日に「3」を背負ってプレーを

[ 2025年8月17日 05:30 ]

長嶋茂雄さん追悼試合 セ・リーグ   巨人0―3阪神 ( 2025年8月16日    東京D )

ジャッキー・ロビンソン・デーに背番号「42」をつけたドジャースの選手たち(AP)
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 阪神の主砲として巨人と激闘を繰り広げた田淵幸一氏(78=スポニチ本紙評論家)が、天国のミスターに改めて感謝の言葉を述べた。法大時代に長嶋さんを抜く当時の六大学新記録である22本塁打をマークした田淵氏は、来季以降も背番号「3」での試合開催を望んだ。

 何より長嶋さんの追悼試合に、巨人―阪神の伝統の一戦を選んでくれたことがOBとしてもうれしい。東西両雄の激突は、プロ野球の歴史を語る上で欠かせない。私も若き血潮を燃やした。阪神に在籍した69~78年の10年間。相手ベンチには選手、そして監督である長嶋さんの姿が常にあった。改めて寂しさが募る。きっと、天国から熱戦を見守っていてくれただろう。

 忘れられない試合がある。75年10月13日の阪神―巨人戦。長嶋さんの監督就任1年目で、巨人は球団初の最下位が決まっていた。消化試合。甲子園球場の観客は公式発表でわずか2000人だった。現在の隆盛からは考えられないが、実際はもっと少なかったはず。スタンドを見てファンの人数を数えられたぐらいだ。ミスターは「敗者に対する掟(おきて)でしょう」と語ったという。そして翌年にリーグV。そんな時代も共にした。本当に思い出は尽きない。

 長嶋さんは私にとって教科書であり、目標だった。子供の時から草野球では背番号「3」をつけた。オフにはゴルフや食事などで何度も会ったが、本当に純粋な野球人。誰からも愛され、失敗しても格好良いし、絵になる。出会えたことは本当に幸運だったし、かけがえのない財産だ。

 追悼試合では背番号「3」のユニホームを巨人の監督、コーチ、選手全員が身につけた。思い出したのが大リーグの「ジャッキー・ロビンソン・デー」だ。黒人初の大リーガー。そのデビュー日である4月15日には、全員が背番号「42」のユニホームを着用する。ならば来年以降も、長嶋さんの命日である6月3日には「3」を背負って巨人の選手がプレーする姿を見たい。6・3は、全国の野球ファンにとって生涯忘れることのない日なのだから。

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