【木田優夫画伯の球界絵日記】尽きない思い出…長嶋監督にいつか結婚報告

[ 2025年6月10日 06:00 ]

木田画伯
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 日本ハム・木田優夫GM代行(56)による「木田画伯の球界絵日記」は、3日に89歳で亡くなった長嶋監督について。現役だった巨人時代に93~97年に監督と選手として同じグラウンドに立ち、その後も氣にかけてもらった特別な恩師です。あふれるようによみがえる数々の思い出の中から、国民的スターの人柄の一部を紹介します。

 先日、「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄氏の訃報が届き、野球界のみならず日本中が悲しみました。僕は朝テレビを見ていて、番組中に流れてきたニュースで知りましたが、そこから長嶋監督とのたくさんの思い出がよみがえってきました。

 ここで、あえて長嶋監督と書きました。もちろんジャイアンツ在籍時に監督と選手という立場で一緒に野球をしていたこともありますが、僕が子供の頃、プロ野球を見るようになったときは既に引退されていて、監督をされていたので僕の中で「長嶋監督」という言い方が一番しっくりときています。

 亡くなられた当日に、囲みの会見で話しましたが、96年の「メークドラマ」と呼ばれた試合で勝ち投手になれたことや、監督が自分のことを「宇宙人」と呼んでいたことや、トイレから出てきたときに必ず僕のタオルで手を拭いていたことなどが各メディアで取り上げてもらっています。

 一緒に同じユニホームを着ていた期間は5年間でしたが、本当にたくさん投げさせてもらいましたし、野球以外のことでも氣にかけていただきました。ある年、オフシーズンのイベントでお会いしたときに、「木田、結婚したのか?」と聞かれたので、「いえ、していません」と答えると、「そうか、あの話は“ガサ”」と言われたので、みんなで「それは“ガセ”じゃないですか」と突っ込んだら、もう一度、「ガサか」と繰り返されました。

 そしてその後に「結婚や引っ越しなどはタイミングや方角で変わるから調べろよ」と言われて、監督もそういうことを氣にするんだと思いながら「どうやったら分かりますか?」と質問すると、「そのシーズンが終わったら分かるだろう」と言われて、みんなで「それじゃ遅いですよ」と突っ込んだことを覚えています。

 そんなことがありながら、僕が45歳のときにジャイアンツの宮崎キャンプで久しぶりにお会いしたときに一緒にいた当時監督の原辰徳さんが「こいつ、まだ結婚していないんですよ」と言ったら、今まで見たことがないぐらいびっくりされたことがありました。そのときから、「いつか、ちゃんと監督に結婚の報告をしなくちゃ」と思いながら結局、かなわないままでした。

 これから、長嶋監督というスーパースターがいない野球界を、みんなで盛り上げていくことが僕ら後輩の使命ですし、長嶋監督への恩返しだと思っています。いつか、そのことと僕の結婚を報告に行きたいです。

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