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【コラム】金子達仁

どんな試合でも望む“なでしこ”らしい戦い

[ 2023年7月28日 09:00 ]

<日本・コスタリカ>試合後、スタンドに手を振るなでしこジャパンの選手ら
Photo By AP

 2―0というスコアがどれほど危うげで頼りないものか、W杯ロシア大会を見た日本人ならば誰でも知っている。まして、勝てば決勝トーナメント進出がほぼ確実となる状況。安全運転にシフトし、失点のリスクを抑えようと考えるのは当然のことである。

 ただ、彼女たちは“なでしこ”なのだ。

 11年前のロンドン五輪。3位決定戦を戦った男子と、決勝に進んだ“なでしこ”との間には、明らかな違いがあった。スタンドで男子の日本代表を応援していたのはほとんどすべて日本人だったが、ウェンブリーで“なでしこ”に送られた声援には、相当数、日本人以外の声が混じっていた。

 明らかに日本人でない人々が青いユニホームを身にまとい、頬に日の丸のペインティングを記す。それは、わたしは生まれて初めて見る光景だった。“なでしこ”は日本人の誇りであるだけでなく、サッカーを愛する人たちを引き付けるアイコンでもあった。

 ブラジル人たちは、カナリア色のセレソンが自分たちの誇りであるだけでなく、世界のサッカーファンから愛される存在であることを自覚している。ゆえに、どんな試合であっても、ただ勝つだけでなく、周囲を魅了した上での勝利を望む。現場からすれば無茶(むちゃ)な要求でしかないだろうが、しかし、それに応えようとする姿勢こそが、ブラジルを特別な存在たらしめてきた。

 82年W杯スペイン大会。2次リーグでイタリアと対戦したブラジルは、引き分けでも準決勝進出が決まる状況だった。だが、2―2の同点に追いついてもなお、ジーコらは攻勢に徹し、一瞬のスキをパオロ・ロッシにつかれた。セオリーを無視したがゆえの敗戦は、しかし、世界中に熱狂的なシンパを生んだ。

 時代も違えばスケールも違う。それでも、10年代の“なでしこ”は間違いなく世界の中でも特別な存在だった。“なでしこ”の試合だったら見てみようか。そう思わせる存在だった。ニュージーランドで戦う選手たちには、絶対にそのことを忘れてほしくない。厳しい言い方をすれば、コスタリカ相手にアクセルを緩めてしまった自分たちの姿勢を猛省してほしい。彼女たちは「やれなかった」のではない。やれたのに、やめてしまったのだ。

 強い相手に全力を出し切るのはどんなチームにもできる。だが、ジーコらのブラジルは、格下を相手にしてもまったく手を抜かなかった。いまもW杯ベストゴールの一つにあげられるジーコのオーバーヘッドは、ニュージーランド戦で生まれたものだった。

 日本のサッカーが日本人だけのものだった時代、世界のサッカーはジャパン・マネーなくしては回らない時代でもあった。スタジアムの立て看板には日本企業がズラリと名を連ね、日本の経済力を世界に知らしめていた。

 いま、女子W杯のオフィシャルスポンサーに日本企業の名前はない。韓国企業、中国企業の名前はあっても、日本企業の名前はない。そのことをもって、失われた20年だか30年だかを嘆く声は当然あるだろう。

 だが、どれほどカネを出しても、日本を応援する人は買えない。そして“なでしこ”こそは、カネで買えない人たちを獲得した最初の立役者だったとわたしは信じている。

 だから、欲深くなる。

 長谷川は核になる。藤野、杉田も素晴らしい。植木にはロッシ的覚醒の気配を感じる。だから、余計に。(金子達仁氏=スポーツライター)

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