なでしこジャパン復権へフィジカル改革!2020東京で再び世界の頂点へ
2020 THE PERSON キーパーソンに聞く
なでしこ復権へ、静かに確実にプロジェクトが進んでいる。 20年東京五輪で金メダルを目指すサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」には、世界一を知るフィジカルコーチ、広瀬統一氏(43)がいる。研究者との二足のわらじを履く名コーチが08年の就任以来、一貫して取り組むフィジカル改革に迫った。
どうすれば、なでしこは世界へ返り咲けるのか。東京五輪金メダルへの鍵を握るのが、08年北京五輪からただ一人、チームに残っているフィジカルコーチの広瀬氏だ。07年12月、前監督の佐々木則夫氏がなでしこジャパンの監督に就任。日本協会から打診を受けた広瀬氏も08年からチームに同行したことを機に、一貫した指導を行っている。
全ての始まりは北京五輪の涙だった。佐々木体制が掲げた「攻守にアクションするサッカー」。11人全員が連係、連動するスタイルで準決勝までこぎ着けたが、2―4という米国との壮絶な打ち合いで敗北。ドイツとの3位決定戦も終盤の2失点で4位に終わった。技術、戦術面だけでなくフィジカル面でも課題が見つかった。
「元々、日本人は世界的に見てアジリティー(敏しょう性)の能力、持久力が高いと言われていた」。日本の“得意分野”が、極限の戦いで弱点だと痛感する。「米国、ドイツとガチンコで戦った時に、日本は最後の15分でいつも失点する。相手は最後までパフォーマンスが落ちないけれど、日本は落ちるというのを感じて、ここに課題があるなと」。日本は長距離を長い時間走る持久力にはたけていたが、速いスピードを繰り返す持久力は劣っている。この仮説から、なでしこのフィジカル改革が始まった。
北京五輪後からは、それまで日本で着目されることがなかった「スピード持久力」の強化に着手。「そもそも持久力が高いと言われていたのに、なんで最後の最後でやられるんだと。実はスピード持久力というものがあった」。代表合宿では基礎体力を測る「Yo―Yoテスト」を義務づけ、数値でスピード持久力を明確化。高強度の有酸素運動などを練習メニューに加え、当時はまだ浸透していなかった体幹も鍛え始めた。「選手も知らなかったことが多かったと思う」と一からのスタート。澤穂希や宮間あや、永里優季ら豊富なタレントが、世界と伍(ご)するための体づくりを始めた。
さらに、07年に日本協会が初めて女子サッカー強化、普及の指針「なでしこビジョン」を制定。今でこそ優秀なフィジカルコーチが国内クラブにも所属するが、「なでしこフィーバー」を知らない時代。広瀬氏は限られた代表活動で、日本女子サッカーのためにアレンジされたフィジカルメニューのいろはを伝え、代表選手から所属のクラブへと還元するよう働きかけた。「彼女たちが凄いのはサッカーにとってプラスなことは何でもやろうという子がほとんど」と振り返る。
地道な取り組みが実を結び、11年W杯ドイツ大会決勝では宿敵の米国を延長、PKの末に撃破。日本サッカー界初のW杯制覇を成し遂げ、国民栄誉賞を受賞した。翌12年ロンドン五輪銀メダル、15年W杯カナダ大会準優勝と世界舞台で3大会連続のファイナリスト。一時代を築いたなでしこには、計画的に鍛えられたフィジカルの下支えがあった。
さらなる発展を目指す広瀬氏は、女子サッカーの先進国・米国に渡った。15年8月の東アジア杯後になでしこを離れ、サンノゼ州立大に留学。米国で研究を進める16年3月、なでしこがリオ五輪予選で敗退したことを知る。「ニュースが間違えているのかなと…」。あっけない結末でリオへの道は閉ざされた。
世界の潮流は明らかに変わった。「他の国が自分たちの長所でないところまで鍛えている。例えば技術、戦術は日本が圧倒的にアドバンテージを持っていた部分。他の国は手をつけてこなかった伸びしろを強化している」。女子サッカー大国の米国では、大学1部リーグだけでも300チーム以上ある。各大学が多くの試合数や国内の移動時間などを加味した上で、明確な練習プログラムが組まれていた。16年4月、高倉麻子氏が後任監督に就任。多くの発見を持ち帰った広瀬氏が、再び強化に携わることになった。
東京五輪金メダルを目指すにあたって、高倉監督と打ち出した強化方針は「プレー強度の向上」だった。佐々木体制で目指した「スピード持久力」「アジリティー」の強化から、一歩先へと進め、よりプレーに直結する動きを求めた。08〜15年までは体幹トレーニングを軸としたが、高倉体制から新たに重りを用いるウエートトレーニングを導入。「元々欧米にあったスピード、パワーは日本は積極的に着手していなかった」と言う。毎年1月にはフィジカルに特化した国内合宿を行い、ビュッフェ形式で選手が取った食事の栄養バランスをチェック。寝る前にはスマートフォンの光をなるべく見ないなど快眠を促すメカニズムなども座学で伝えた。練習法から生活習慣まで。世代交代の進んだなでしこに全てを叩き込んでいった。
代表合宿では股関節、臀部(でんぶ)、下肢から体幹に至るまでの筋力アップの指標として、定期的に10メートル走の数値を測定している。選手全員がタイムを1%上げることが目標で、そのミッションは順調に進む。「1%上げるのは、100メートル走10秒の人が9秒99になるようなもの。結構な違いですよね」。ピッチ上の11人のプレー初速が鋭くなることは、こぼれ球やドリブルへの反応などへ如実に表れる。フィジカルコンタクトはもちろん、細部の違いがプレーに好循環をもたらす。
広瀬氏を中心とした取り組みは、未来への投資にもなる。U―17、20代表でも現場の協力の下、なでしこと同様のプログラムを組み、「アンダー世代にも落とし込めている」と強調する。共通のトレーニング方針は、世代間融合を促す。14年U―17W杯で「リトルなでしこ」が優勝。今年8月にU―20W杯で「ヤングなでしこ」が初めて頂点に立ち、世界初の全世代W杯制覇を成し遂げたのも決して偶然ではない。「U―20世代から(フル代表に)来ても、1年たったら主力になれる」。まいた種が、世代を縦断して芽吹いている。
来年6月にW杯フランス大会が待つ。その1年後に東京五輪が開幕する。なでしこにとって勝負の2年間だ。「(東京五輪まで)あと1年半あるが、実際にはあと1年だと思ってやっている。今度のW杯で課題やできていないところを検証して、東京五輪に向けて鍛えていく形になる」。再び大輪の花を咲かせるため、強く深く根を張り巡らせていく。
◆広瀬 統一(ひろせ・のりかず)1974年(昭49)12月30日生まれ、兵庫県神戸市出身の43歳。都国際高―早大。早大スポーツ科学学術院教授。研究領域はアスレチックトレーニング。08年になでしこジャパンのフィジカルコーチ就任。15年8月からの米国留学を経て、16年から再びなでしこジャパンのフィジカルコーチを務めている。
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