女性落語家・柳亭こみち 「私にしかできないことを追究」

[ 2020年9月29日 12:00 ]

浅草演芸ホールの楽屋ののれんを笑顔でくぐる柳亭こみち
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 【牧 元一の孤人焦点】柳亭こみちの落語を浅草演芸ホールで聞いた。演目は「洒落番頭」。ダジャレをめぐる愉快な噺(はなし)だ。

 元来、ダジャレを得意とする番頭とダジャレを理解できない旦那、そのおかみさんの噺だが、お手伝いの女性を軸に据えて独自性豊か。お手伝いの女性が旦那に対してダジャレを言うと、おかみさんが、理解できない旦那のために手を上げて合図する演出が新鮮かつ滑稽で、もとの噺より多角的で面白みが増した印象だ。

 浅草演芸ホールの松倉由幸社長は「こみちさんは、日本舞踊をやっていて、たたずまいが良く、所作もきれいで、見ているだけで癒やされる。ネタは新作も古典もバラエティーに富んでいて、いつの間にこんなにネタ数を増やしたのかと思う」と評価。11月にはこのホールでトリを取る予定で「ここで10日間、女性がトリを取るのは三遊亭歌る多さん以来。こみちさんは、それだけのパワーと芸の良さを持っている。落語は基本的に男性の噺だから、女性にはハンディがあるが、彼女は覚悟を持って取り組んで乗り越えて来ている。最近は女性の噺家も増えているので、後進が続いていくれるといい」と期待感を示す。

 近くの喫茶店で本人に話を聞いた。大学卒業後、企業に就職したが、寄席で落語の魅力を知り、会社を辞めて柳亭燕路に入門したという。今からおよそ17年前の話だ。

 「師匠には『オレは、落語は男性がやるものだと考える最たる人間だ』と言われました。私は『そういう方こそ、女性の落語の難しさを突いていただけると思います。どうか弟子にしてください』とお願いしました。おかみさんが『女性だからできないと言うのはかわいそう』と助言してくれたみたいです。師匠とおかみさんにはいくら感謝しても感謝しきれません」

 入門したものの、やはり容易な道ではなかった。落語は基本的に男性中心で、女性が演じるように作られていなかったからだ。

 「男性はプラスを積み重ねればいいですけど、女性はマイナスから始めなければいけません。入門から数年は落語を真っすぐに演じることだけを考えていました。登場人物を、その登場人物らしく演じることだけに全てをささげる時間を重ねました。そこから少しずつ自分の色を出していくようになりました」

 2006年に二ツ目に昇進。10年に漫才コンビ「宮田陽・昇」の宮田昇と結婚し、2児を出産して育てつつ、17年に真打ちに昇進した。

 「3年前に真打ちになってからは、私にしかできないこと、女性にしかできないことを追究しています。新作は女性を主人公にしていますし、古典も女性が多く登場するように書き換えています。例えば『試し酒』はお酒を飲む人を女性に、『死神』は死神をおばあさんに、『井戸の茶碗』は母と娘を主人公にしています。ただし、女性らしい演出をしても、お客さんに『男性の役ができないからだ』と思われたら違和感を残してしまいます。男性の役をその登場人物らしく演じた上で、女性にスポットライトを当てられるように心掛けています」

 落語は年を重ねれば重ねるほど味わい深くなる。これから迎える本格開花に向けて、どんな道を歩もうとしているのか。

 「22世紀に残る『女性の落語』をひとつでも多く作りたい。落語には無限の可能性があります。女性によって作られた落語の前例が少ない分、ひとつひとつ形にしていく楽しさがあります。今は女性で落語家になって良かったと思っています。年齢を重ねたら『いつも寄席に出ているおばあちゃん』になりたい。生まれ変わっても女性の落語家になりたいです」

 その強い思いが、落語の明るい未来の一助を担うだろう。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴約30年。現在は主にテレビやラジオを担当。

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