スポニチPLAZA便り

【鰻谷通信コラ厶】平成最後の天皇賞馬と令和初のダービー馬

[ 2019年5月10日 14:50 ]

4月24日に開催された「天皇賞(春)検討会」で熱弁をふるう井上泰司記者 (中央)
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 10連休のゴールデンウィークも終わり、令和の時代がいよいよ幕を開けました。江戸時代の光格天皇以来、202年ぶりの出来事となった今回の譲位ですが、上皇陛下が2016年8月に述べられた「退位の意向がにじむメッセージ」をもとに議論され、17年6月の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」成立で実現しました。天皇崩御という悲しみを伴わない皇位継承は国民に広く受け入れられ、新天皇即位後に行われた5月4日の一般参賀には、全国各地から14万人が皇居を訪れ、祝賀ムード一色に包まれました。先の大戦における激戦地を訪れる慰霊の旅を続け、数々の被災地では被災者を励まされるなどの激務を懸命に果たされた上皇陛下を引き継ぎ、今後、新天皇は象徴としての務めに邁進されることになります。戦争がなかった平和な平成の30年余りを改めて見つめ直し、穏やかで心安らぐ令和の時代を築くのは国民全ての責務です。

 話は変わりますが、中央競馬春のGⅠ戦線が佳境を迎えています。4月26日行われた天皇賞はルメール騎乗のフィエールマンが快勝、平成最後の天皇賞馬として歴史にその名を刻みました。2着に善戦したグローリーヴェイズには戸崎圭太騎手が騎乗、調教中に骨折し、このレースに出走できなかったシャケトラの無念を胸にゴール前まで勝ち馬を追い詰めました。皇室と言えば天皇賞ですが、横浜競馬場で1905年(明治38年)に創設されたエンペラーズカップが起源になります。37年(昭和12年)の第1回天皇賞(秋)は「帝室御賞典」という名称で、勝ち馬はハツピーマイト号。「天皇賞」という名称になったのは戦後の47年(同22年)秋からです。2005年の第132回天皇賞には、上皇陛下と上皇后も東京競馬場に来場されています。公務にお忙しい新天皇ですが、ちょっとした息抜きに観戦いただければありがたく思います。

 そんな中、スポニチプラザは前々日の4月24日に「天皇賞検討会」を実施、60人の競馬ファンに来場いただきました。このイベントに出演したベテランの井上泰司記者は馬連⑦-⑩(1,780円)と3連複⑦-⑧-⑩(16,410円)を見事的中させ、参加者に思わぬプレゼントを提供しました。スポニチプラザは引き続き「日本ダービー検討会」を5月24日に開催します。恐らく1番人気に支持されるであろう無敗の皐月賞馬・サートゥルナーリアですが、主戦のルメール騎手がNHKマイルカップの斜行で騎乗停止となり、にわかに暗雲が立ちこめてきました。果たして令和初のダービー馬となるのはどの馬か、興味が募るところです。井上記者は昨年のダービーでも大荒れの馬連と3連複を見事に的中させ、総額276万円超えを読者にプレゼントしています。今回のダービーでも高配当的中に期待が高まります。(スポニチプラザ大阪総支配人・厨子雄二)

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