内村航平、引退決断は世界選手権前「このままだと先が見えない」 決意の演技「本物の着地見せられた」

[ 2022年1月14日 10:04 ]

引退会見に臨んだ内村航平
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 体操男子の個人総合で12年ロンドン、16年リオデジャネイロと五輪連覇するなど、キングとして君臨した内村航平(33=ジョイカル)が14日、都内で引退会見を行った。

 ゆずの「栄光の架け橋」のBGMで会見場に入った内村は「特別な感情はなく、ただただ引退するんだなと。実感はあまりない」と語った。

 引退を決断した時期として「五輪が終わって、次の北九州の世界選手権(昨年10月)に向かう道中、練習していく中でちょっとしんどすぎたといいますか、このままだと先が見えないなと。世界選手権ではこれが最後かなと挑みました。最後の最後は決勝に進んで着地止めて終わりたいという気持ちで演技して、それをやりきれた。結果は伴いませんでしたけど、下の世代の選手たちにも『これが体操だ、本物の着地だ』と僕らしい最後を見せられたので良かったと思っています」と述べた。

 さらに、「思い返すと、3歳から好きで体操を始めて、1月3日で33歳になって体操歴も30年になって。30年のうち、16年間ナショナル強化選手として活動させていただきました。人生の半分以上、日の丸背負ってやってこれたことは誇りだし、今後自分が何をやっていくにしても自信を持って発言していけるんじゃないかと思っています」と清々しさものぞかせた。

 内村は09~16年に世界選手権&五輪の世界大会で、前人未到の個人総合8連覇を達成。16年12月のプロ転向後は度重なる故障に苦しんだが、20年2月に個人総合に別れを告げ、種目別の鉄棒に専念することを決断した。

 厳しい国内選考を突破して、昨夏の東京五輪に出場。落下があって予選落ちを喫したが、約3カ月後の生まれ故郷・北九州での世界選手権で「会心の一撃」と自賛する完璧な着地を見せた。順位は6位でも、観衆を魅了した。

 世界大会で積み上げたメダルは、伝統の体操ニッポンで史上最多の計28個。キングが、黄金のキャリアに終止符を打った。

 ◇内村 航平(うちむら・こうへい)1989年(昭64)1月3日、福岡県北九州市生まれの33歳。長崎県諫早市で3歳の時に体操を始め、五輪初出場の08年北京大会で団体総合、個人総合で銀メダル。09~16年に個人総合で2度の五輪制覇を含む世界大会8連覇を達成し、16年12月に日本体操界初のプロに転向した。五輪4大会連続出場は体操ニッポン史上2人目。1メートル62、52キロ。 

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