パラアーチェリー重定知佳 “44年ぶりに車いす選手が全日本出場”に感じた違和感 東京パラまで200日
パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
新型コロナウイルスで延期された東京パラリンピック開幕まで2月5日で200日となった。カウントダウンが進む中、パラアーチェリー女子リカーブで代表に内定している重定知佳(38=林テレンプ)がこれまでの歩みを振り返った。20年10月に健常者の日本一を決める全日本選手権出場の切符を獲得し、うれしかった反面、複雑な感情を抱いた理由とは…。(小田切 葉月)
その日、とある一報が密かに話題となった。「健常者の全日本にパラ代表が出場」。どのメディアも“快挙”“異例”などの表現を使って取り上げる中、当事者の重定は首をかしげた。
「違う違う!パラの選手も、みんなが出られる大会!勘違いしないで!って思いました」
アーチェリーは的の大きさも距離も五輪とパラで違いはなく、健常者と障がい者の垣根が低いスポーツだ。16年リオデジャネイロ大会では、女子のザハラ・ネマティ(イラン)が五輪とパラ両大会に出場し、パラでは2連覇を果たしている。しかし、五輪とパラの二刀流は簡単ではない。日本でリカーブの車いすの選手が全日本選手権に出場するのは、1976年以来2人目。実に44年ぶりだった。
「今まではパラの選手の実力がなかったから出られなかっただけ。もっとそのレベルを目指して、いろんな人が出られるようになったらいいな」
中学2年の時に脊髄の病気で両足がまひする難病が判明し、17歳の時には心臓にペースメーカーを入れた。肺は通常の70%程度しか機能しておらず、昨年からの新型コロナウイルス禍で「誰が(ウイルスを)持っているか分からない」という恐怖心が芽生え、外出できなかった。急きょ家の中にウレタン製の的を設置し2メートルの距離で近射を行うなどしたが、筋力は落ちる一方だった。
「(的の矢を回収する)矢取り一つとっても、8畳の部屋の中と、70メートルの距離を往復するのでは、圧倒的に車いすを漕ぐ量が違う。筋肉も体力も落ちた」
コロナ前は週6日、1日8時間の練習量を誇っていたが、家の中だけでは集中力が続かず、2時間程度に減少。矢の威力に影響する弓のポンド数は35(約15キロ)から最大28(約12キロ)まで落とすことになった。全日本本番でも本来のポンド数に戻すまであと一歩間に合わず、普段より1ポンド軽い状態で臨んだ。念願の予選突破とはならなかったが、来夏の東京大会に向けてさらに気持ちが高まった。
「雰囲気が分からないまま空回りして、ふわっと終わってしまった。こういう場で冷静にできなかったら、東京パラは絶対無理。いい経験になった」
元々はワープロなどパソコン作業が得意なインドア派。学生時代はスポーツとは無縁の生活を送っていたが、02年に就職先の同僚から薦められて車いすテニスを開始。国内トップランカーとして最高6位まで浮上するなど活躍したが、13年に引退。その後2年ほどスポーツから離れ、15年からアーチェリーを始めた。
「1人でできて、黙々とやれるものって考えたときにアーチェリーかなって。でも仕事が忙しかったし、長く続けるつもりは無かった。1年間だけしっかりやって、次の年の全国大会で辞めようと思っていた」
ゴールとして定めた16年の全国障がい者スポーツ大会30メートルで優勝。これできれいさっぱり引退…とはならなかった。16年リオ大会に出場し男子で7位入賞の上山友裕(33=三菱電機)と出会ったからだ。
「トイレ待ちしていたら上山くんがいて、私から声を掛けました。そこから練習を見に来てくれたり、フォームを褒めてくれて…“逆ナン”とか言われるけど、あの時上山くんに会っていなかったら、今ここに私はいないです」
再びスポーツへの思いに火が付くと、その半年後には70メートルの日本代表に上り詰めた。重定にとって国際大会初出場となる17年の世界選手権では、憧れの上山とミックスでペア結成。「ウエシゲ」ペアとして日本のパラアーチェリー界を引っ張ってきた。競技外でも仲が良く、2人の似顔絵を使用した缶バッチなども作成。絆を深め合い、2人で金メダルを獲る気満々だ。
「人生を懸けてやっている。個人の金メダルも欲しい。目指すというか、絶対に獲りたい」
昨日より今日よりも素晴らしい明日へ、新しい自分を探して。重定の進化はどこまでも止まらない。
〇…18年2月から自動車内装部品の総合メーカーである林テレンプに勤務。出勤日程や遠征費などの金銭面においても全面的に支援を受け、「足を向けて眠れない」と話す。出場する大会には広報担当が同行し、一眼レフカメラで競技風景を撮影。会場近くの事業所の社員が、重定のイメージカラーである青色の専用応援グッズを持参して応援に来るなど、社を挙げて徹底した応援体制が取られている。
▽全日本選手権出場の経緯 通常は1年間のうちに全日本アーチェリー連盟公認競技大会で620点を2度達成することが条件だったが、昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で試合数が減少。1度の達成に条件が変更され、重定は3月の大会で630点をマークしたため出場の権利を得た。世界で活躍できるパラ選手のボーダーラインは600点と言われる。
▽パラアーチェリー リカーブ、コンパウンド、W1の3部門に分かれ、全部門で男女別の個人戦と、男女各1人によるミックスが行われる。アーチェリーで使用される弓は2種類。重定が出場するリカーブは、一般的な弓と同様。直径122センチの的までの距離が70メートルで、健常の選手と条件は変わらない。コンパウンドは弦を引く力が弱くても矢を放てるように滑車が付いた弓で、直径48センチの的までの距離は50メートル。W1は四肢に障がいを持つ選手が対象で、どちらの弓を用いても構わない。自らの障がいに合わせた工夫も見どころの一つ。
◇重定 知佳(しげさだ・ちか)1982年(昭57)11月22日生まれ、福岡県北九州市出身の38歳。19年6月の世界選手権で東京パラリンピック代表に内定。同10月のアジア・パラ選手権リカーブ女子で日本記録を更新して制覇した。好きな芸能人は三代目JSBの今市隆二。1メートル57、50キロ。
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