追悼連載~「コービー激動の41年」その95 行方不明となったレイカーズの専用機

[ 2020年5月21日 08:00 ]

セントルイスからレイカーズが向かったミネアポリス(AP)
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 日米安全保障条約(新安保)が調印される前日となった1960年1月18日の午後。遠征に同行していなかったレイカーズのボブ・ショート・オーナーの自宅に米航空局から急を告げる1本の電話がかかってきた。

 「たいへんです。貴兄所有の専用機が行方不明です」。搭乗していたのはジム・ポラード監督やエルジン・ベイラーを含む全選手とその家族(大人6人、子ども4人)。ホークス戦終了後、ミズーリ州のセントルイス空港を離陸してミネアポリスに向かったDC―3を待っていたのは、誰もが予想もしなかった大ハプニングだった。

 まずすぐに機内の灯りが消えた。監督だったジム・ポラードは「選手のいたずらかな」と思ったそうだ。貨物機を改造したレイカーズの専用機(DC―3)に異変が生じたのはセントルイスを飛び立った直後。だがハロルド・ギフォード副操縦士が懐中電灯で電源パネルを照らしていたのを見てポラードは考えを改めた。それはレイカーズが戦慄のフライトを体験する悪夢の1日となった。

 目的地のミネアポリスはセントルイスから北西に750キロ。だが“ホーム”には戻れなかった。なにしろ電気システムは壊滅。無線の電源も確保できず、コンパスも機能しなくなった。DC―3は両翼のプロペラが回っているだけの金属の塊になっていた。「やはり離陸するべきではなかった」とギフォード副操縦士は述懐している。セントルイス空港は吹雪。だがバーン・ウルマン機長は悪天候にもかかわらずゴーサインを出した。このあたりのやりとりは、これから50年後に起こるコービー・ブライアントら9人を乗せたヘリコプターの濃霧の影響を受けての墜落事故の“序章”と似ているかもしれない。ただしブライアントの事故死は全員が死亡したために詳細は不明。その一方で半世紀前のアクシデントは詳細がすべてわかっている。

 「誰かに異常を知らせる手だてがなくなってしまった。戻るのは危険だと判断し、とにかく北を目指した」(ギフォード副操縦士)。この談話に出てくる「危険」という言葉は飛行機自体のことではないと思う。この模様を描いたステュー・ソーンリー著の「バスケットボール界最初の王朝:レイカーズの歴史」の中では詳細に触れていないが、空の仕事に携わる者として、おそらく最悪の事態を想定していたはずだ。機体不良のままセントルイスの都市部に接近したらどうなるか?墜落すれば多数の市民を巻き込むことになってしまう。だから「危険だ」と意識したのはセントルイスの人々に対してではないだろうか?一方、人のいない荒野に落ちれば少なくとも悲劇は当事者だけで済む。2次的な被害を防ぐために機長と副操縦士はUターンを回避したと考えるのが妥当だ。

 さて「北を目指す」と言ってもコンパスは不能。では2人の男たちはどうしたか…。なんとウルマン機長は「北極星を見つけよう」として高度を上げたのだ。カシオペア座と北斗七星。みなさんも北極星の見つけ方は学校で習ったことだろう。この2つの星座から北半球の天空では動かない夜空の中心点がわかる。そこから方角を割り出そうとしたのである。幸い雲の厚さは90メートルほど。第二次大戦中に貨物機だったDC―3はすぐに薄い雲の層を突き抜けて星空に接近した。

 ところがデフロスター(霜よけ)が動かないために窓は真っ白。機長はコックピットの窓を開けて肉眼で北極星を探したのだという。暖房は故障。機内の温度はおそらく氷点下になっていたはずだが「ああ寒い」などとは言っていられない。「選手は子どもたちに毛布を分け与えたよ」とポラード監督。レイカーズの専用機はまるでパニック映画さながらの緊迫した場面を生み出していた。

 ショート・オーナーが「行方不明」の一報を受け取ったのは離陸から5時間後。もちろん機内ではそんなことを知る由もない。そしてついに燃料が乏しくなってきた。「おお神よ」。全員、泣きたい気持ちだったことだろう。ここで機長はようやく眼下に小さな町の灯りを見つけた。そしてここから命を懸けた壮絶な戦いが始まっていく。コービー・ブライアントが生まれる18年前。レイカーズはコート上ではなく「空」で大苦戦を強いられていた。(敬称略・続く)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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