朝乃山 富山に本拠、社会人強豪のバックアップ受け成長

[ 2019年7月4日 08:30 ]

令和初V!!富山の星 朝乃山きときと物語(中)

6月の高砂部屋富山合宿で相撲を取る朝乃山(左)と富山商コーチの中村淳一郎さん
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 呉羽中から富山商へ進み、近大へ。のちの朝乃山、石橋広暉の成長を後押ししたのはアイシン軽金属相撲部だ。富山県に本拠を置く社会人の強豪は07年に創部。全日本実業団選手権は09年から計4回優勝した。犀藤和憲監督(48)は近大出身。母校と協力して毎年8月に富山で、10月に東大阪市の近大で合宿を張るなど縁が深い。同部は地域のスポーツ少年団や学校に選手を指導者として派遣するなど競技普及にも熱心に取り組む。

 アイシン軽金属相撲部現役選手の中村淳一郎さん(34)は、富山商の浦山英樹監督(故人)に誘われ、現在も同校でコーチを務める。呉羽中、富山商出身という経歴は石橋と同じ。9歳下の後輩の高校入学当時から練習相手となった。「最初は身長が高いけど、横幅はまだまだ。でも体が柔らかく、力強さがあって伸びしろを感じた。高2ぐらいから体に厚みが出て力をつけた」。浦山監督は口数が少なく、厳しい練習を課すことで期待の大きさを示すところがあった。「浦山先生から褒められた記憶は、あまりない」という石橋は歯を食いしばって右四つを体で覚えた。まわしを取る、切る、相手の反撃を封じながら寄るなど四つ相撲に必要な技術は稽古で番数を重ねなければ身に付かない。「風邪などで石橋が練習を休んだ記憶はない。冠婚葬祭以外は、ほぼ皆勤賞」と中村さん。全体練習後も居残り特訓に励むほど真面目。ただ、四つ相撲で結果を出すにはキャリアも必要となる。富山商時代の主な実績は選抜十和田大会準優勝。頂点には届かなかった。

 ライバル校の高岡向陵高で指導していた、アイシン軽金属の犀藤監督は石橋の呉羽中時代を「色白で可愛らしい顔をしていた」と懐かしむ。社会人強豪のバックアップもあり、石橋は高校、大学と着実に素質を伸ばしていった。(特別取材班)

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