元関脇・黒姫山死去…頭から当たるぶちかましで人気「デゴイチ」

[ 2019年4月27日 05:30 ]

黒姫山(右)
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 「デゴイチ」の愛称で親しまれた元関脇・黒姫山の田中秀男(たなか・ひでお)氏が25日午後10時30分、肺炎のため都内の病院で死去した。70歳だった。現役時代は頭から当たって突進する相撲で、大物キラーとして活躍。引退後は長らく立浪部屋の部屋付き親方を務めた後、50歳で武隈部屋を再興した。相撲協会では監事も務めた。

 「デゴイチ」の愛称で親しまれた元関脇・黒姫山の田中秀男(たなか・ひでお)氏が25日午後10時30分、肺炎のため都内の病院で死去した。70歳だった。現役時代は頭から当たって突進する相撲で、大物キラーとして活躍。引退後は長らく立浪部屋の部屋付き親方を務めた後、50歳で武隈部屋を再興した。相撲協会では監事も務めた。

 現役時代は頭から当たるぶちかましを得意とし、「デゴイチ」の愛称は蒸気機関車D51からつけられた。一気に出る相撲で、新小結の70年九州場所では横綱・大鵬を破り、その後も4横綱から金星を挙げるなど存在感を示した。

 82年初場所の引退後は立浪部屋の部屋付き親方を務め、元小結・旭豊が部屋を継承するタイミングで99年に武隈部屋を再興した。「元横綱・羽黒山(入門当時の師匠)の伝統を伝えるため」との理由からだったが、弟子は長男・羽黒灘、次男・羽黒国の2人だけ。04年春場所後に部屋閉鎖を強いられた。

 その後は友綱部屋所属となり、13年11月に定年退職していた。昨年夏場所で初土俵を踏んだ田中山(境川部屋)は孫にあたる。

 ◆田中 秀男(たなか・ひでお)1948年(昭23)11月12日生まれ、新潟県西頸城郡青海町(現糸魚川市)出身。中学卒業後に立浪部屋に入門し、故郷の山の名前「黒姫山」のしこ名で64年春場所初土俵。69年春場所で新十両、同年名古屋で新入幕。最高位は関脇。82年初場所で引退。通算677勝691敗2休、幕内通算510勝570敗。三賞は殊勲4回、敢闘3回、技能1回。金星は6個。引退後は立浪部屋の部屋付き親方を務め、99年3月に武隈部屋を興したが2004年に部屋が消滅。03年に日本相撲協会を定年退職した。

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