有森裕子さん 小出氏訃報に涙「監督に出会えたのは幸せだった」

[ 2019年4月24日 17:00 ]

小出義雄さんとの思い出を語る有森裕子さん(撮影・会津 智海)
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 2000年シドニー五輪陸上女子マラソンで金メダルに輝いた高橋尚子さん(46)らを育て、名伯楽として知られる佐倉アスリート倶楽部(AC)の小出義雄氏が24日午前8時5分、肺炎のため千葉県内の病院で死去した。80歳。小出氏の訃報を聞いた有森裕子さん(52)は都内で報道陣に対応し、「あの時代に監督に出会えたのは幸せだった」と時折涙を浮かべながら心境を吐露した。

 恩師の訃報を受けて「正直、突然ではなかったので…。倒れたとか、病院に入ったとか耳に入っていたし、練習を見に行けないという情報もあった。ああいう体調でよく頑張ったな、と思う」と心境を語った有森さん。最後に会ったのは今年3月の名古屋ウィメンズマラソンだったといい、「選手のインタビュールームに入ってきて、ずっと選手の話をしていた。『難しいなあ、最近の選手は』とか。偶然みんなで写真を撮ったんだけど、とってもいい写真が撮れた」と振り返った。

 1989年、小出氏が監督を務めていたリクルートに入社。「泣かず飛ばすの私の話をにこにこして聞いてくださった」と30年前を思い出し、「走れない私にイライラもしたと思う。けんかもしょっちゅうしました。手のかかるアスリート、困るアスリートだったと思う」と自身について語った有森さん。

 その後は二人三脚で歩み、92年バルセロナ五輪で銀メダル、96年アトランタ五輪では銅メダルを獲得。「あの当時で言うと、半端なかったんじゃないかな。女性はこれ以上走らせてはいけない、とかあった時代に『常識を打ち破る』『常識を破ることが大事なんだ』とかうれしそうに。自分も部屋に帰ってブツブツ言ってたんですが、だんだん楽しくなった。未来を見ながら選手を考えてくれる監督が好きだった」と当時の練習を振り返り、小出氏との出会いについて「私が遅くても、待つことができる人だった。待って、信じて、育つのを待った。あの時代に監督に出会えたのは幸せだった」と話した。

 心残りは来年の東京五輪を小出氏と一緒に見られなかったことだという。「2020年はブツブツ言いながらでも、一緒に五輪のマラソンを見たかったな、と。上から見ておいてください、と」と目を潤ませ、恩師へメッセージを送っていた。

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