全米大学フットボール界の首席が選択した人生 大谷の前にやがて出現する新たなライバル

[ 2018年12月12日 12:48 ]

今年のハイズマン賞を受賞したオクラホマ大のマーリー(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1985年1月、東京都内のホテルの一室で陽気な大学生が騒いでいた。プロ顔負けのボードビリアン?多彩なトークと一発芸で集まった仲間たちを爆笑させていた。

 学生の名前はボストンカレッジのダグ・フルーティー。彼は全米大学フットボール界の当時のスター選手で、このシーズンには最高の栄誉とされるハイズマン賞をはじめ、各賞を総なめにしていた。オールスター戦のジャパンボウルには東軍のクオーターバック(QB)として出場。横浜スタジアムで開催されたその年のゲームでは注目のマトだった。

 メディア受けする話術も持っていた。そしてハイズマン賞。その後に待っているのはNFLでのスター街道だと思っていた。しかしNFLのドラフトで彼の名前がコールされたのは11巡目(最終は12巡目)になってから。すでに284人が指名されたあとだった。

 なぜ大学とプロの評価がこれほどまでに違っていたのか?それはフルーティーの体が1メートル78、82キロとQBとしては小さかったからだ。NFLでは相手のディフェンス・ライン(DL)はサイズがとにかく大きい。その圧力に耐えられるだけの体ではないと判断されたのだろう。さらに当時のNFLの監督は、スナップ後にステップバックしてから投げる言わゆる“ポケットパサー”を好んだ。その方がパスが安定し、QBのリスクも小さいからだ。

 ところがフルーティーは背が低いゆえに、ポケットにいたのでは相手のDLに邪魔されて味方がどこにいるのかという視野を最初から奪われてしまっている。それでも彼が大学で素晴らしい成績を残せたのは、ポケットには入らず、前後左右に動きながら隙間を見つけ、静止してはなく動きながら精度の高いパスを繰り出すことができたからだ。私が見た試合でフルーティーは右にロールアウトしてタックルされてしまったのだが、倒れる寸前、野球の投手で言うところの“下手投げ”でボールをリリース。空中で一回転しながらも、前方にいたワイドレシーバーに20ヤードほどのパスを通してしまった。

 まさに運動神経の塊。小さいゆえのアドバンテージは脚力を生かしたランプレーができることだが、その能力も彼は兼ね備えていた。

 ハイズマン賞の受賞者として最もドラフトでの指名順が遅かったフルーティーは結局、NFLには入らず、対抗組織として存在していたUSFL(1983〜85年)に身を投じた。プライドを傷つけられた一面もあったのではないだろうか。その後、NFLではベアーズ、ペイトリオッツ、ビルズ、チャージャーズで計91試合に出場(先発66試合)したが、2005年にペイトリオッツでトム・ブレイディー(現在も41歳で現役)の控えとなったのを最後に引退した。

 現役最後のプレーはパスでもランでもなく、タッチダウン(TD)の後に選択したドロップキック。ホールダーとキッカーを使わずに、ラグビーのようにいったんボールを地面に落としたあとに蹴る加点方法を実践して成功させたのはNFLでは64年ぶりの珍事だった。

 他の選手にはない才能は持っていたのだ。実際、NFLに在籍していない間はカナディアン・フットボール(CFL)で活躍。アメフトよりフィールドのサイズが大きく、競技人数が11人ではなく12人になるとフルーティーは躍動した。CFLの王座を決めるグレイカップでは3度優勝していずれもMVP。居場所を変えて輝き始めた選手だった。

 さてフルーティーがハイズマン賞を受賞してから33年が経過。今年はオクラホマ大のQBカイラー・マーリー(21=3年)が全米大学フットボール界の“首席”となった。昨年受賞したのはその後、NFLドラフトで全体トップでブラウンズに指名されたベイカー・メイフィールド(23)で、同じ大学から2年連続でQBがこの賞を獲得したのは史上初の出来事。マーリーは昨季までメイフィールドの控えQBだったが、初めて先発となったシーズンにチームを12勝1敗の好成績に導き、全米王座を争うプレーオフに出場できる4校の中にも入った。

 しかし彼は今春の大リーグ・ドラフトで1巡目(全体9番目)にアスレチックスに指名されており、すでに来春のキャンプに参加する意思を示している。今季も野球に専念できたのだが、初めて経験する強豪大学での先発QBというステータスが人生の選択を先送りさせたようだ。

 なぜハイズマンなのにアメフトではなく野球なのか…。それは彼もまた「フルーティー」だからだ。

 身長はフルーティーと同じ1メートル78ということになっているが、1メートル75と紹介されているサイトもある。実際、映像を見てもその小ささがひときわ目立っている。体重は88キロ。もちろんパスコースをふさがれたときに生かす脚力は持っているが、40ヤードで4秒5というタイムは、このサイズの選手としては驚くほどの数字ではない。

 しかし有能なパサーだ。パスコースをターゲットに合わせる精度はもちろんのこと、「パスが通らない」と判断したときに瞬時にリリースを中断する神経回路の“高速切り替えスイッチ”はおそらく今季のQBの中ではもっとも機能が充実している。

 すでにフルーティーの時代ではない。小さくてもNFLで活躍している選手は多い。イーグルスのダレン・スプロールズ(35)とベアーズのタリク・コーエン(23)はともに1メートル68のランニングバック。スポーツ専門局のESPNもマーリーを「パスもランもこなせるQBとしてはトップ選手」と評価している。

 それでもフルーティーが11巡目の指名選手だったように、マーリーも自分の“立ち位置”を冷静に見極めているのだろう。確かに1メートル90を超えるQBが多いNFL各チームの現状を考えると、そこに1メートル78の小柄な新人を抜てきするのはリスクを背負うことになる。マーリーはもともと高校時代から野球とアメフトをプレー。「野球の方が好きだ」とまで言っていたこともあって、今後はアスレチックスでの新たな競技人生を切り開いていくことになりそうだ。

 野球では昨季51試合に出場して打率・296、47打点、10本塁打、12盗塁。一方、アメフトでは最初で最後の先発シーズンながら、13試合に出場してパス成功率70・9%、TD数はパスで40、ランで11。楕円形のボールを投げていたほうが圧倒的に重みのある数字をはじきだせるだけになんとも惜しいような気もする。

 「それがどれほど難しいことなのか、今の自分にはわからない」。ハイズマン賞受賞のあとの会見では、プロスポーツ界での“二刀流挑戦”への質問も出たようだが、マーリーはボー・ジャクソン(大リーグ・ロイヤルズ&NFLレイダース)のような存在になることには距離を置いていた。

 おそらくマーリーがメジャーに定着して先発に常時名を連ねるのは2年後ぐらいだろう。アスレチックスはエンゼルスと同じア・リーグ西地区の所属。投手として戻ってくる大谷翔平(24)とのタイプの違う「二刀流対決」はおそらく全米のメディアも注目するはずで、野球界に行ってしまうおかげで日本のファンにとっては楽しみがひとつ増えそうだ。

 それでもやはり私はマーリーがNFLでプレーする姿を見てみたい。サイズでは計り知れない“強運”を彼は持っているのだ。アラバマ大と対戦するプレーオフ準決勝(12月29日=オレンジボウル)がアメフトのラストゲームにならないことを切に願うばかりである。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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